福島第一原発事故から15年……廃炉費用の総額は8兆円 これまで費やしたのは2兆円

2011年の福島第一原子力発電所の事故から15年になる。NHKは事故対応の最重要人物だった当時の吉田昌郎所長のインタビュービデオを新たに入手。9日放送の「クローズアップ現代」で当時の事故対応について解説した。
当時アメリカから「メルトダウン(炉心溶融)している」と指摘されていたが、東京電力は「メルトダウンしていない」という発表を続けていた。
しかし、実際には1号機のメルトダウンが3月11日、水素爆発が12日に起き、3号機のメルトダウンは13日、水素爆発が14日。2号機のメルトダウンは14日だ。
吉田元所長は「考えていたのは発電所をどうやって安定化させるかということ。我々が現場を離れることは絶対にあってはいけない」と語る。2号機の局面では、ベント(格納容器内部の圧力を抜く作業)が必要とされたが、それは「意図的に放射性物質を外部に放出する」ことでもある。吉田元所長は福島第一から10キロ南にある福島第二も制御不能に陥って東日本が壊滅するという最悪のシナリオを恐れていた。
事故が起きてから政府と東京電力の間で情報共有がうまくいってなかったことはよく知られている。官邸に来ていた東電の社員に尋ねても要領を得た回答はなかった。官邸は現場スタッフの全面撤退を危惧し、菅直人首相(当時)は東電本店を訪れている。
12日早朝には自ら福島へ現地入りすることを決めたが、国の指揮官が現場を訪問している場合かという批判的な意見のほうが多かった。しかし、菅元首相は現地で吉田元所長と直接会い、「官邸に戻ってきたときの第一声は『吉田は信用できる』だった」(当時・福山哲郎内閣官房副長官)という。
15日、2号機の格納容器が壊れ、吉田元所長は70人のスタッフとともに現場に残った。そのとき「死も覚悟して1人ひとり名前をホワイトボードに書いた」などと壮絶な現場の状況を克明に語っている。そのホワイトボードに名前を書いた1人は、「自分の名前の漢字が思い出せずカタカナで書いた」そうだ。極限の緊張と疲労がそうさせたのではないか。
一連の事故対応について吉田元所長は「天の助けがないともっと酷いことになっていた」とも話す。しかし、東日本壊滅の危機は免れたものの、放射性物質は大量に放出された。
福島第一原発では現在、毎日5000人が廃炉作業にあたっており、これまで2兆円ほど費やし、総額8兆円かかると言われている。総量880トンと推定される核燃料デブリを取り出す作業が残っているが、これまでに取り出したのはわずか0.9グラムである。すべて取り出すには約68~170年かかるとの試算もある。
政府と東電は「2051年までの廃炉完了」を目標に掲げるが、廃炉作業の先行きは不透明で、ほとんどの原子力分野の専門家は政府目標の実現を無理だと考えている。