大好きだった父が突然「親子の縁を切る」、そしてコロナ禍での“自殺” 「創造主」を名乗る占い師の女の逮捕で明かされた「神の国」の真相とは…

2020年8月、和歌山県の海岸で、男性2人の遺体が見つかった。手首にマイクコードが巻かれ、つながれた状態だった。亡くなったうちの1人は、66歳の寺本浩平さん。残された遺書にはこう書かれていた。「コロナで仕事が取れなくなり、私の夢は打ち砕かれました」。死因は溺死。和歌山県警は自殺として処理した。 東京都に住む寺本さんの息子、大介さん(仮名)は、かつては父が大好きだったが、こう思った。「自分を見捨てた最低な父親だ」 それから4年後、状況は一転した。「占い師らが死に関わっているかもしれない」。情報提供を受けた大阪府警の再捜査がスタート。昨年3月、自殺をそそのかした自殺教唆容疑などで、自称占い師の女ら3人が逮捕された。大介さんが直面した父の死の真相は…。(共同通信=長谷夏帆)
寺本さんの遺体が見つかった海岸=2025年12月3日、和歌山県広川町
▽優しい父だったが…
寺本さんは大手電機メーカーに勤務し、オーディオの開発に携わっていた。転勤が多く大介さんとは離れて暮らしていたが、親子の仲は良かった。秋葉原にオーディオの部品を買いに行ったり、関西の単身赴任先に滞在して大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンを楽しんだり、思い出は尽きない。
「僕の気持ちを一番分かってくれたのが父でした」。学校や家で叱られることが多く、その度に寺本さんがかばってくれた。大介さんの母親と寺本さんは離婚したが、その後も学校の面談や進路相談には足を運んでくれた。優しい父だった。
寺本さんが変わり始めたのは大介さんが高校3年のころ。突然呼び出され、東京・新宿の銀行で書類に名前を書かされた。当時は何のためか分からなかったが、後になって、亡き祖母が大介さんに遺した200万円を引き出す手続きだったと知った。
大介さんが20歳になると学費と生活費の振り込みが止まり、「親子の縁を切る」と連絡があった。後日、理由を聞こうと夜行バスに乗って寺本さんが住む大阪に向かった。 インターホンを鳴らすと出てきたのは知らない女性。「寺本さんはいない。若い女性と結婚し、今はその女性を大切に思っている」。直後に寺本さんから携帯に電話があり、一方的に怒鳴られた。「なんで突然来たんだ。今すぐ東京に帰れ」。それ以来、連絡は途絶えた。
▽「散骨してくれ。葬式も開くな」
訃報も突然だった。知らない女性から、寺本さんが亡くなったと連絡があった。
2020年8月1日、和歌山県の海岸で男性と2人で、遺体となって打ち上げられているのを近所の人が見つけて110番した。2人の手首はマイクコードでつながった状態。「旅立つ私をどうぞお許しください。これからという矢先、コロナ不況で全く仕事が取れなくなり、挽回できず、私の夢は打ち砕かれました」。そう書かれた遺書が寺本さんの自宅から見つかった。
「自分を見捨てた最低な父親だと思った」 大介さんは自殺と聞いた時の心境を振り返る。和歌山にあった遺骨は叔母が引き取りに行った。訃報を入れた女性から「私たちも弔いたい」と提案され、叔母は「自殺で迷惑をかけたから」と寺本さんが着ていた服と遺骨の一部を渡した。 「散骨してくれ。葬式も開くな」。遺書にそう書いてあるからと、遺骨は海に散布。大介さんは残ったわずかな遺灰を持ち帰り、小さな骨つぼに収めた。 遺品は寺本さんが亡くなった時に身につけていたハンカチたった1枚。父を思い出させるものを見たくもないと、大介さんはハンカチと骨つぼを、引き出しの奥にしまい込んだ。
唯一の遺品となったハンカチを手にする大介さん(仮名)=2025年9月10日、大阪市
▽脅されて8千万円を献金したという男性が…
それから4年後の2024年10月、大阪府警の捜査員から大介さんに思いもよらぬ連絡があった。「単なる自殺ではなく、不審な点があるので再捜査しています」。
再捜査のきっかけはその数カ月前、ある男性が大阪府警に相談に訪れたことだった。自称占い師の女の元信奉者で、脅されて約8千万円を献金してしまったという。さらに捜査員に打ち明けた。「占い師たちが寺本さんら2人の死に関わっているかもしれない」
2025年3月、寺本さんら2人に入水自殺をそそのかしたとして、自殺教唆の容疑で自称占い師の浜田淑恵被告(63)が逮捕、起訴された。遺書を偽造したとして、有印私文書偽造・同行使の罪でも起訴された。一緒に自殺を図って生き残った元女性信奉者も自殺ほう助の容疑で逮捕、起訴された。
被告のホームページには「創造主と直接話ができるスピリチュアルカウンセリング」と記載されていた。「前世が堕天使だったから反省しなさい」「人類のカルマを清算する」 そう言って全国から信奉者を集め、多額の献金を求めていた。信奉者を自宅のある大阪府河内長野市に呼び寄せ、身の回りの世話もさせていたという。「神の国」。被告を中心とした信奉者のコミュニティーはそう呼ばれていた。
府警の捜査によると、寺本さんは2008年ごろ、ホームページを見てカウンセリングを受けるようになった。寺本さんは給料だけではなく、両親から相続した不動産の売却金なども献金していたとみられることも明らかになった。
大阪地裁
▽未成年の愛人が精神的に不安定になって…
元女性信奉者の公判は昨年8月から始まった。「真相を知りたい」。大介さんは東京から大阪地裁に通った。
検察側の冒頭陳述によると、浜田被告は未成年の男性を愛人にし、自宅に住まわせていた。愛人が精神的に不安定になって暴れるようになり、2020年7月ごろ、被告の自宅から逃げ出してしまった。 「愛人を正常な状態に戻すには死んで魂になり、神が作ったシステムを破壊しなければならない」。愛人との別れを嘆いた浜田被告が、信奉者に集団自殺を提案したとされた。
「覚悟してお供します」 寺本さんらは浜田被告の提案を受けたという。2020年7月31日の夜、浜田被告を含む4人が車で向かった先は和歌山県広川町の海岸。道中で鎮痛剤を買って服用した。 「怖がって逃げ出そうとするかもしれないから、互いに頭を沈め合うように」 そう指示され、浜田被告以外は互いの手首をマイクのコードで結びつけたと検察側は主張した。 「じゃあ入ろうか」 浜田被告の一声で、4人は手をつないで海に入水。沈め合ったとされている。
「ストップ、もうやめ」 浜田被告が突然叫んだ。元女性信奉者は海水を吐き出し、意識を取り戻したが、寺本さんともう1人の男性は海面にうつぶせに浮かんでいたという。 元女性信奉者と浜田被告は、意識を失った寺本さんと男性を岸まで運んだ。 「置いておけ」 浜田被告の指示で遺体はその場に放置されたと検察側は主張した。
元女性信奉者は事実をおおむね認めた一方、「寺本さんらと同じ立場で浜田被告の指示に従い、結果的に生き残った」と話した。
▽「死んだよ」「大傑作」録音された会話
2025年9月の公判では、検察側の証拠として、録音された会話が法廷で再生された。寺本さんらの死から約2カ月後の2020年10月のもので、大阪府警に相談した男性が、浜田被告と信奉者らのやりとりを録音したものだった。
「死んだよ、浩平、○○(亡くなったもう1人の男性信者の名前)。いいか?」
音声は浜田被告が語りかけるところから始まる。「えっ、そうなんですか」。戸惑う信奉者に、浜田被告は続ける。「すごいお仕事を終えたから。もういいよ、楽になれと言ったんだ」
一歩間違えたら自分も死んでいたと前置きした上で、浜田被告はこう続けた。「ちゃんとこいつら(寺本さんら2人)だけと決めてね。だから上手に2人だけ残しました」
「大傑作」。「芸術的でした」。そう褒めちぎるのは、一緒に海に入って生き残った元女性信奉者。
「本当に私はね、今までも色んなことやってきたけど」。浜田被告はこう切り出した。「殺人」という言葉を発した後、笑いながら 「いやいや、やってない、やってない」と否定した。
大介さんは傍聴席でじっと、その音声を聞いた。
浜田被告と信奉者らのやりとりの録音の文字おこし。「人殺し」「やってない」との浜田被告の発言が並ぶ
▽「やっと家族のもとに」
公判では大介さんの供述書を検察官が読み上げた。「父は音楽が好きでした。もっと音楽のことを話したかったです。それが突然断ち切られてしまい、本当に悔しい気持ちでいっぱいです」 浜田被告の逮捕を受け、大介さんは引き出しにしまい込んでいた寺本さんの遺灰とハンカチを取り出すことができたという。訃報を入れた女性は被告の信奉者で、叔母が渡した遺骨は府警の家宅捜索で押収、大介さんに返還された。死から5年近く経った2025年4月、祖父母が眠る墓に納骨することができた。「父はやっと家族のもとに戻ってこられました」
5ページにわたった供述書は父親への思いがあふれ、最後はこう締めくくられた。「ハンカチとともに裁判を見届けます。正しい判決が下されるのを願っています」。元女性信奉者は懲役2年、執行猶予4年の判決を受け、控訴せず刑が確定した。
判決を見届け、優しかった寺本さんの変貌ぶりが、ふに落ちた。「お父さんがかわいそうになった」
5ページにわたった大介さん(仮名)の供述書
▽「システムプログラムがやった」と無罪主張
大介さんは昨年11月、殺人罪への変更を求める意見書を大阪地検に提出した。浜田被告が自身を除いた信奉者3人に、マイクコ―ドでつないで沈め合うように指示したと主張。「神」の指示に抗えない3人が死亡する危険性を認識していたとした。「遺族として全く納得していない」と訴えたが、罪名が変更されることはなかった。
浜田被告の公判は昨年12月に始まった。被告は「脳をジャックした宇宙システムが私の口と身体を介してやったこと」などと否認。弁護側は心神喪失状態だったとして無罪を主張した。
今年2月の公判では、大介さんは被害者参加制度を利用し、法廷内で浜田被告の言葉に耳を傾けた。白髪交じりで長い髪の浜田被告は、自身もマイクコードでつながれていたと主張。海に沈め合ったが「やめて」と叫んだ後、「創造主」とされる別の人格に入れ替わったと説明した。気がつくと「なぜか男性2人が(海面に)浮いていた」。浜田被告は最後に裁判官を見つめ「全くえん罪だと思っている。2人は自分の意思で入水した」と語気を強めた。
「悔しい」。この日の被告の発言を聞き、大介さんが漏らした。法廷に足を運び続ける日はこれからも続く。
自殺を図ったとされる海岸=2025年12月3日、和歌山県広川町