性犯罪の被害者はなぜこれほどまでに打ちのめされ続けなければならないのか。
まず事件そのものによって心身を蹂躙(じゅうりん)され、尊厳を打ち砕かれる。そして心的外傷後ストレス障害(PTSD)などに苦しむ。やっとの思いで被害届を出せたとしても、捜査段階で二次被害に遭えば、さらにどん底に突き落とされる―。
元大阪地検検事正による性被害を訴えている女性検事、ひかりさん(仮名)と支援者らが、性犯罪被害者を対象に実施したアンケートの結果(速報値)は、被害者が警察や検察による「二次加害」におびえ、傷ついている実態を浮き彫りにした。(共同通信編集委員 田村文)
■「拷問のような」設問に600人超が回答 調査はひかりさんのほか、弁護士や公認心理師、被害当事者らが2025年10~12月にオンラインで実施。これまでほとんど知られていなかった性犯罪の捜査や裁判の実態を明らかにするため、85の設問を用意した。そして「警察官の事情聴取についてどう感じましたか」などと細かく聞いていった。
回答者は607人。調査チームの一人で性暴力被害者の池田鮎美さんは、回答を一つ一つ精査した。「フラッシュバックを起こしながら答えてくれているのが分かる人もいた。ものすごく貴重なデータです」と話す。
自身も回答したというひかりさんも「答えるのは拷問のようにつらかったはず。私も泣きながら半日がかりで答えた。実際の被害者がこんな目に遭っているということを立法事実として突き付けて、さらなる刑法改正や法の適正運用につなげたい」と力を込める。
アンケートに協力した理由を複数回答で尋ねたところ「性暴力の被害者が生まれない社会づくりに貢献したかったから」が最多で528人。次いで「性犯罪を巡る刑法改正や刑法の運用の適正化を願っているから」が520人、「被害者の落ち度を責めない社会になってほしいから」が491人で続いた。回答者の切なる願いが詰まっている。
「性暴力をなくし、被害者が生きやすい社会にするため望むこと」を尋ねると、警察、検察、裁判官による「二次加害」の防止が559人で9割超に上った(複数回答、有効回答603人)。
回答者のうち173人は警察の事情聴取を受けていた。感じたことを尋ねると、捜査・処分に「不満がある」が最多で42・8%、「違和感を持った」は20・2%、「良かった」は7・5%にとどまった。91人は検察の聴取も受けており、「不満」が34・1%、「違和感」が19・8%、「良かった」は20・9%だった。
■「汚物を扱うように対応された」 捜査の過程で傷ついたことを自由に書いてもらった回答は衝撃的だ。
警察の対応では次のような記述があった。
「あなたにも落ち度があった」と説教された/汚物を扱うように対応された/「夜道を一人で歩くから悪い」と被害届を受理してもらえなかった/加害者と格闘後、殺すぞと首を押さえられ、凍り付き、レイプされたのに「抵抗を諦めたのか」としつこく問いただされ、むなしさ、悲しさ、悔しさを感じた
次に検察の対応について。 フラッシュバックを起こし、椅子に座っていることができなくなってのびているのに、質問を続けた/「自分から誘ったのでは?男をあさりに行ったんだろう」などの侮辱的なことを言われた/何度も被害に遭う女性は金目当てだという内容を、司法修習生の前で意気揚々と説明された/私は被害者なのに、加害者の扱いを受けている気がした/性暴力被害者の心理を全く理解していなかった
ひかりさんはこう訴える。「被害申告できる人はほんのわずかです。勇気を振り絞って、助けを求めてきてくれたのに、被害者の最後のとりでである捜査機関が、被害者を踏みにじっている」
■理解されにくい「凍結」「迎合」反応 警察や検察の対応について「担当者が、性暴力被害者の心理を理解していないように感じた」と答えた人は少なくない。では、被害者の心理とそれに基づく反応とはどんなものだろうか。
専門家などによると、性暴力被害者は重大な危機や脅威に直面すると、「凍結(フリーズ)」して何もできない人は多い。「迎合」もよく見られる。また、被害後はショックが大きく、防衛本能から被害事実を否定・封印してしまい(否認)、加害者が会社の上司や取引先の場合は、被害直後に普段通り丁寧なメールを送ることもあるそうだ。
これらの行動を取った被害者が自らを責めたり、PTSDの影響があったりして、被害の申告が遅れることも珍しくない。
こうした被害者の心理や状況に無理解な人は「なぜ抵抗しなかった」「どうして逃げなかったのか」と問うたり責めたりしてしまう。被害者が「できなかったこと」について、不自然だと疑問視したり、落ち度だと非難したりすることは、被害者を二重に傷つける。
2023年施行の改正刑法で性犯罪規定が見直された。改正時の国会の付帯決議は、捜査や公判において被害者心理や心的外傷を踏まえる必要性に触れたほか、被害者の心身に十分配慮するよう努めることを求めている。そのことを、誰もが真摯に受け止めなければならない。
■「生きていてくれてありがとう」
インタビューに応じるひかりさん=2026年3月4日、東京都内
では、被害者の心身に配慮した対応や調べとはどのようなものか。検事としてのひかりさんの捜査経験を聞いた。
ある被害女性はPTSDを患い、検事であるひかりさんの前で涙を流しながら何も話せなかった。いつもは聴取対象者と向き合って座るけれど、このときは彼女の横に座り、しばらく黙って背中をさすり続け、こんなふうに話しかけた。
「よく頑張ってここに来てくれたね。よく生きていたね。生きていてくれてありがとう。話さなくていいよ。私は味方だから」
その日はそれだけで帰ってもらった。そして、すぐに警察といっしょに、加害男性の余罪捜査を始め、男性の仕事の顧客約800人を聴取した。40人ほど被害者がいて、みな泣き寝入りしていたことが分かったので「加害者を処罰することが被害回復の一歩につながる。被害届を出しませんか」と説得した。8人ほどが被害届を出したが、加害者は次々に賠償金を支払い、被害届を取り下げさせた。それでも残りの4人が加害者の処罰を求めてくれた。その女性たちが「声を上げられたのは、最初に勇気を出して訴え出てくれた方のおかげです」と言ってくれたので、それを彼女に伝えた。彼女はやっと口を開き、自分の被害について語ってくれたという。
本人が心を開くのを待ち、回り道も恐れない。「処罰すべき加害者を安易に不起訴にしてしまえば、また新たな被害者が生まれる」とひかりさん。粘り強い捜査を支えたのは、その信念だった。
■「生存の危機」でPTSDに
性犯罪被害者を対象にしたアンケートについて話す池田鮎美さん=2026年3月4日、東京都内
調査チームの池田さんは、フリーライターだった2012年3月、取材対象者から車の中で性暴力を受けた。PTSDの症状が出て精神科に入院。その病院から検察庁に通って聴取を受けた。検察官は、加害者の虚偽の言い分に寄り添うように「あなたは体を使った取材をしていたのではないか」という趣旨の質問をした。侮辱されていると感じた。結果は案の定、不起訴だった。
記事を載せる予定だった雑誌の版元である小学館側の人たちからも「被害に遭ったのはきみの落ち度だ」などと言われて突き放され、PTSDが悪化したという。 「天職だと思い、必死に頑張っていたライターの仕事を失った。性暴力で仕事や夢を諦めざるを得なくなった私のような被害者が、この社会にはたくさんいます」
看護師で公認心理師の伊藤悠子さんは、調査結果を説明する記者会見でこう述べた。 「性暴力は高い頻度でPTSDの発症と重症化、さらには長期化をもたらす。性的に侵害される経験は世界と自己を隔てている安全領域を壊すからです。その瞬間、生存の危機が起こっている。被害者はフラッシュバックによって、何度もこの苦しみを味わいます」
■職を賭しての訴え
東京・霞が関の検察庁
ひかりさんが被害に遭った事件を振り返る。起訴状などによると、元大阪地検検事正の北川健太郎被告(66)は在職中の2018年、飲酒酩酊に加え、「検事正」の影響力や予想外の性的暴力に恐怖で抵抗できない元部下のひかりさんに大阪市内の官舎で性的暴行をしたとされる。2024年に逮捕、準強制性交罪で起訴された。初公判では起訴内容を認めたが、その後「同意があったと思った」と無罪主張に転じた。
ひかりさんは2026年2月、国や北川被告らに計約8300万円の損害賠償を求めて提訴。北川被告からの性的暴行や脅迫のほか、同僚の女性副検事がひかりさんの本名や誹謗中傷を広めたこと、検事総長らが副検事による二次加害を止めずに拡大させ、ひかりさんに公益通報をやめるよう脅迫したことなどを訴えている。
ひかりさんは重篤なPTSDに苦しみ続けている。「被害を受けた“その時”の場面や北川被告の裸が目の前にちらついて、怖くて、惨めで、涙が止まらなくなる」
つらい記憶にふたをしようと、被害後しばらくは仕事に没入した。自分を守ろうとしたのだ。「でも北川被告が罪を忘れたかのように被害感情を逆撫でする言動を続けたため、病状が悪化し、休職せざるを得なくなった。被害申告後も、検察組織による二次加害もあって、病状はさらに重くなっている」
被害に遭った場所や状況を思い出させるものごとに出合うと動悸が激しくなる。フラッシュバックが起こる。「悪夢もひどい。夢と現実が地続きになってしまう」。医師はひかりさんに、自殺の危険性があると告げている。
ひかりさんは2026年3月2日、法相と検事総長宛てに要望書を提出した。その中で第三者委員会の設置と、検察組織での犯罪・ハラスメント被害の実態調査と再発防止を求めている。3月31日までに要望が実行されなければ、4月末で退職せざるを得ないと明かしている。
「もう二度と同じような被害者を生みだしてほしくないから、職を賭して訴えました。検察が不健全だと、えん罪被害も起きるし、被害者も泣き寝入りさせられて、犯人が野放しになる。第三者の目が必要です」
この要望書は「要望書/辞表・遺書」と題されている。