「制御棒引き抜きを開始。原子炉起動しました」。1月21日午後7時ごろ、東京電力柏崎刈羽原発6号機(新潟県)の中央制御室で運転員が声を上げ、再稼働を宣言した。 2011年3月11日の東京電力福島第1原発事故の影響で、柏崎刈羽原発は7基全てが運転を停止し、約14年ぶりの再スタートだった。長期にわたるブランクのため原発の運転を実際に経験したことがない運転員が約4割に上る。6号機の再稼働を控えた昨年12月、全電源喪失を想定した訓練で、若手運転員が語っていた思いとは…。(共同通信=広江滋規)
新潟県の東京電力柏崎刈羽原発の(左から)5、6、7号機=2025年11月
▽警報発生 再稼働の様子は東京・内幸町の東京電力ホールディングス(HD)本社で、大勢の報道陣に向けて生中継された。見届けた広報担当者は「やっと再稼働できた。これからも気を抜かず、やっていきたい」と笑顔を見せた。 だが、起動から5時間半後の翌日未明、核分裂反応を抑える制御棒を引き抜く途中に異常を知らせる警報が作動した。東京電力は原因を調べるため原子炉を停止した。 警報は、制御棒を引き抜く速度を調整する電気部品「インバーター」の故障を知らせるものだった。調査の結果、電流の変化を必要以上に高感度で検知する設定にしていたことが明らかになった。故障ではなく、設定を変更することで対応し、約半月後の2月9日に原子炉を再起動した。2月18日、柏崎刈羽原発で記者団の取材に応じた東京電力HDの小早川智明社長は「安全最優先で営業運転まで取り組んでいく」と語った。
柏崎刈羽原発で取材に応じる東京電力ホールディングスの小早川智明社長(左)=2月18日
▽再び不具合 「小さなトラブルは今後も起き得る。立ち止まり、原因を調べてから先に進むことが大事だ」。原子力規制委員会の山中伸介委員長が定例記者会見でこう語った後、6号機は再び不具合を起こす。 2月12日夕方、原子炉圧力容器内の中性子を測定する機器が動かなくなる不具合が発生。詳しく調べたところ、機器を圧力容器に送り込むスイッチの接触不良が原因だったと分かり、スイッチを取り換えた。 長期停止していた原発が再稼働した直後にトラブルを起こす例は多い。過去には東北電力女川原発2号機(宮城県)や関西電力高浜原発4号機(福井県)で機器トラブルによる原子炉停止があった。また中国電力島根原発2号機(松江市)では、原子炉の水位計に異常があると発表し、後に異常はなかったと訂正。中国電力は「運転員の機器についての認識が不十分だった」と釈明した。
▽4割未経験 柏崎刈羽原発は、長期停止中に稼働原発の運転を経験していない運転員が増えた。東京電力によると、2011年3月の福島第1原発事故当時、柏崎刈羽の運転員273人のうち未経験者は24人(8・8%)だったが、昨年10月末では255人中106人(41・6%)まで増えた。原子力規制委員会の審査に合格した6、7号機に限ると約6割が未経験者だ。 そのため稼働している他社の原発や火力発電所に若手を送り、研修を受けさせたり、過酷事故を想定した訓練を繰り返したりして運転員を育てている。
▽発電機を起動せよ
「緊急、非常用ディーゼル発電機3台トリップ。SBO(全交流電源喪失)」。昨年12月、柏崎刈羽原発の周辺にあるBWR運転訓練センター(新潟県刈羽村)で行われていたのは、地震で外部電源を失い、原子炉を冷却できなくなった状況に対応する訓練だ。 6号機の中央制御室にそっくりな室内は停電を装い暗くなった。設備の系統図を示す大型モニターには、制御棒が炉心に緊急挿入されたことを示す「スクラム」の文字が赤くともる。警報音が響く中、原子炉の水位が少しずつ下がり、副当直長が「電源を最優先で確保していく。GTG(ガスタービン発電機)を起動せよ」と命じた。
模擬制御室で、原発事故を想定した訓練に臨む遠藤大暉さん。大型モニターに「スクラム」と表示されている=2025年12月、新潟県刈羽村
▽ため口
この訓練で非常用発電機の起動を任されたのは2019年に東京電力に入社した7年目の遠藤大暉さん。研修生の時から運転員として柏崎刈羽原発6、7号機に配属され、日々原子炉建屋のパトロール業務などをしているが、稼働原発の運転は未経験だ。 「GTG起動だな」。遠藤さんは聞き返し、副当直長は「その通り」と返事をした。記者は年上の副当直長に対する「ため口」に若干の違和感を抱いたため、当直長経験者の広報担当者に聞いてみた。すると、敬語だと聞き取りづらいこともあり、こうした振る舞いはヒューマンエラーを防ぐためのものでマニュアル通りなのだという。
取材に答える東京電力の遠藤大暉さん
▽慌てたら負け
発電機を起動する目標タイムは20分。原子炉の水位は下がり、核燃料の頂部が露出しているとのアナウンスが流れる。「原子炉は冷却手段が今は何もない。頼りは遠藤君です」と広報担当者が記者に解説する。 見ている記者はやや焦るが、遠藤さんは分厚い手順書を載せたカートをゆっくりと押し、モニターに近づいて操作盤に取り付いた。 「最初は焦るが、何回も訓練を繰り返してきた。慌てたら負け。冷静に」と広報担当者が見守る中、遠藤さんは手順書を見ながら操作盤を動かし、現場の作業員と電話でやりとりし、大きな声で起動を宣言した。 やがて制御室は明るくなり訓練は終了。電源確保に要したのは約17分だった。直後に別室で開かれた反省会で、副当直長から評価されると、遠藤さんは「日々の訓練のたまものです」と表情を緩ませた。
▽電気を送りたい
柏崎刈羽7号機を中心に30年近く原発の運転に関わる当直長の山岸英明さんは「異常音や異臭といった五感で感じ取る情報もある。言葉で伝えきれない部分を学んでほしい」と話す。 遠藤さんに、運転員を目指した理由を尋ねたら、東京都出身だと前置きし「これまで東京で電気を使う立場だったが、自分で発電し東京に電気を送りたい」と話した。 6号機は2月16日未明、発電機を送電線に接続し、供給エリアである首都圏と静岡県東部に電気を送り始めた。3月3日に出力100%を達成。だがフル出力で試運転中の3月12日午後、漏電を示す警報が発生。発送電を停止して原因調査に当たったため、3月18日に予定していた営業運転開始は延期された。 警報の作動は、発電機とアースをつなぐ金属部品の破損が原因だと分かり、東京電力はこの部品を交換。6号機は3月22日に発送電を再開している。1月の再稼働以降、相次ぐトラブルで営業運転入りは既に2度延期された。現在は4月16日を予定する。今度こそ実現できるだろうか。