2026年4月12日に開かれた自由民主党(自民党)大会で、陸上自衛隊中央音楽隊の鶫(つぐみ)真衣氏3等陸曹が陸自中央音楽隊に所属する歌手と紹介され、陸幕長の許可がなければ着用できない「通常演奏服装」を着用して国歌を歌った。
これは法律論以前に、自衛隊の政治からの中立は常識以前の問題で、出演させた自民党、許可を出した陸幕ともに当事者意識と能力が欠如しているのではないか。
ちなみに防衛省内部の部局と小泉進次郎防衛相は事前に知らされていなかった、知っていたら「別の判断もあった」と発言している。だが防衛相自身が、党大会の現場で嬉々として鶫3曹とのツーショットを取ってSNSで公開していたので、問題意識があったのか大変疑問だ。
■「知らなかった」は本当か
案の定、弁護士らが4月30日、これが「政治的行為を制限する自衛隊法に抵触する」として、隊員らに対する自衛隊法違反容疑の告発状を東京地検に提出した。鶫3曹、荒井正芳陸上幕僚長、党大会の実行委員長だった簗和生(やな・かずお)衆院議員も共犯として告発する事態となった。仮に法的な問題がないとしても、私党である自民党と自衛隊の癒着と認識されるだろう。
自民党大会は自民党の最高意思決定機関とされており、極めて政治的な催しだ。これに着用許可を出した荒井陸幕長の責任は重い。小泉氏の弁が正しいのであれば、この極めて政治的に微妙な案件を内局や大臣に上げることなく自身で判断した。小泉氏は「知っていたら別な判断もあった」と述べている。
私人としての参加を認めるのであれば、私服で歌うという選択もあったはずだ。ところが「私人」としての紹介ではなく、自衛隊中央音楽隊の所属とまで紹介され仕事で使う「通常演奏服装」で歌唱したのだ。
この模様は自民党や小泉氏によってSNSなどでも拡散されたので、多くの国民は「自衛隊が協力した」と考えただろう。政治的に極めてセンシティブな案件であり、これを内局に相談せずに陸幕長決済で許可を出したのは、陸自のトップの判断として正しかったのか。
つまり、自衛隊は「中立を破り私党である自民党に協力した」と認識されたわけだ。
今回のケースは「私人として参加した」と言っても世間では通らないだろう。少なくとも「私人」という抜け穴を使った姑息な方法で政治協力をしたと認識されるだろう。
■法の解釈と「私人」という問題の本質
「通常演奏服装」を着用し自衛官と紹介されて歌唱したこと自体、公務で行っても私人として行ってもやったことは同じである。例えは悪いが、事の本質は売春と店舗型性風俗特殊営業店、いわゆるソープランドの関係とまったく変わらない。
同じことをして公務であれば売春だが、「私人」としてはソープランド内では客とキャストの「自由恋愛」だから「売春」ではなく、合法なので問題ないというという論理である。だが行為自体は変わりはない。
売春防止法では売春が禁じられており、いわゆる風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)では、ソープランドは性風俗関連特殊営業に分類される。風営法第2条第6項1号では「浴場業(公衆浴場法)第1条第1項に規定する公衆浴場を業として経営することをいう)の施設として個室を設け、当該個室において異性の客に接触する役務を提供する営業」と定義されている。
建前としては、ソープランドの店舗としては従業員に性行為を伴うサービスを提供させている訳ではない。あくまで従業員と利用者との間での合意に基づき性行為、すなわち「自由恋愛」に及んでいるだけであって、店舗のサービスと性行為は無関係であるということになっている。
今回の党大会では、自衛官として官姓名を紹介され、幕僚長の許可を得て「通常演奏服装」を着用して歌唱しても公務であれば違法であるが、「私人」としてならば問題ないというのが陸幕長の見解だ。だが、見る人間からすれば自衛官が自民党大会で歌ったという事実に変わりはない。だからこそ世論が反発した。「私人」として歌ったのだから問題ないというのは、上記のような法の隙間のグレーゾーンを狙ったものではないか。
何か目的がある場合に、自衛隊は抜け穴を使って法的な問題を回避する組織と世間から認識されるだろう。このような認識があれば武力組織、他国なら国を守るべき国軍としてたいへん問題がある認識だ。また国民の信用を大きく損なうだろう。
今回、「中国の共産党大会みたいだ」との声も多く聞こえた。だが、党大会で軍楽隊が演奏しても中国人民解放軍は「党の軍隊」なので、法的な齟齬(そご)はない。対して自衛隊は、自民党に所属しているわけでない。法的に言えば、自民党と自衛隊のコンプライアンスは一党独裁の中国以下ということになる。
これは第2次世界大戦のアメリカが組織した中国への義勇飛行隊「フライングタイガース」と同じだ。これは日米開戦の半年前に編成され、「アメリカ合衆国義勇軍」(AVG)と名付けられ、最終的にパイロット70名、地上勤務員104名となった。
■自衛隊は自民党の軍隊ではない
民間人として中国に渡航、現地で正式に中華民国軍に入隊という形をとった。だが彼らはアメリカ軍軍人であり、機材もアメリカが提供していた。これは1907年のハーグ陸戦条約(中立国義務)に違反する「義勇兵」という名の武装介入だった。
このケースは、党大会での歌唱が「私人」だから問題ないと同じ論法だ。であれば、「私人」として陸自の隊員が義勇兵として陸自の装備を使ってウクライナの戦場で戦っても問題はないということにならないか。
そして自民党、防衛省、陸自に共通して法に触れても罰せられないという確信犯的な認識があった可能性もある。例えば 自民党の派閥の政治資金パーティー裏金事件に関して、東京地検特捜部が刑事立件の目安を「5年間で不記載額が3000万円以上」とし、それを下回る議員の多くを不起訴処分とした。つまり3000万円以下であれば犯罪やってもOKと検察が認めたのだ。
東京高検の黒川弘務元検事長(当時)が、緊急事態宣言中に知人の新聞記者らと行っていた賭け麻雀をやった事件があった。刑法185条では、たとえ1円でも現金を賭ければ原則として賭博罪が成立する。
だが当初、法務省や検察は「必ずしも高額とは言えない」といった理由で不起訴(訓告処分)とした。検察は身内の検事を擁護するために法を曲げたわけだ。その後、不起訴処分となったのち、検察審査会で「起訴相当」の議決を受け、最終的に略式起訴された。
また2017年、当時の安倍晋三首相と財務省による汚職が疑われた、いわゆる「森友学園問題」では虚偽を強要された官僚が自殺した。しかし、彼に命令した上司たちは処罰されるどころか栄転した。
こういう前例を見ても、政権与党、あるいは政権を支える側の行政であれば「与党の利益になることをやっていれば不法行為にならず、グレーで逃げ切れる」という実態がある。
■半世紀近く前にも同様なケースが問題に
党大会への参加では、以下のような先例がある。1979(昭和54)年4月27日の参議院本会議で、当時の社会党所属の野田哲(てつ)議員が大平正芳首相に質問している。
野田哲:去る2月11日、宮城県民会館において開催された「建国記念日奉祝宮城県民大会」と称する集会は、自主憲法の制定、一世一元の法制化実現をスローガンに掲げ、大会決議としても同様の趣旨を採択しています。この集会に、陸上自衛隊東北方面総監柏葉陸将が参加し、あわせて陸上自衛隊東北方面音楽隊がこの集会に協賛して参加している事実があります。このような、現行憲法を否定し、元号法の実現を図ろうとする特定の政治目的を持った集会に自衛隊の高級幹部や音楽隊が参加するという行為が容認されていいのでしょうか。このような行為が公然と行われることにこそ、今回の憲法理念に逆行する元号法案提出という政府の政治姿勢が自衛隊にまで投影して、絶対越えてはならない枠を踏み越える行為に走らしていると指摘をしなければなりません。自衛隊の最高指揮官である総理は、このような自衛隊の行動にどのような見解を持たれるのか、明確な答弁を求めます。
大平正芳:先ほど建国祭の祝日のお祝いに自衛官が参加したことにつきまして、そのこと自体には問題がないのではないかという御答弁を申し上げたわけでございますが、野田さんの御質問は、さらにその大会が特定の政治的な目的を持っておったものであると、そういうところに出てまいることは適切でないじゃないかという御指摘でございました。私が伺っておるところによりますと、その自衛官は、そういう会合がそういう政治的目的を持って催されたものであるというようなことは出席するまでは存じなかったというように聞いておりまするけれども(発言する者多し)自衛官は公務員でございますので、その立場を逸脱するようなことのないように、慎重な行動は常に心がけていただかなければならぬと考えております。
(第87回国会参議院本会議第13号昭和54年4月27日:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=108715254X01319790427)
大平首相がここで示したのは、党派性のない集会だと思って参加したら、実は改憲が目的の集会であった。それを参加した自衛官は知らなかった。知っていれば参加しなかった、政治的な集会と知っていれば政府の見解としても問題があるとの認識だ。つまり、政府の見解としては「政治色の強い集会に自衛官が参加するのは慎め」という話だ。荒井陸幕長はこの政府見解を逸脱してもいいと思っていたのか。
内局が把握していればこの政府見解を意識していたはずだし、許可は見送った可能性もあったのではないか。ただ、官邸から「要望」があったのであれば断れなかっただろう。何しろ首相が失言して、存在しない「中国の戦艦」と発言したら、「中国の戦艦」の実在を閣議決定するような内閣が今の高市早苗政権である。
法律論以前に、組織として毅然として政治から距離を置き、中立を維持するのが将官として組織を預かる者の矜持ではないだろうか。安倍晋三氏の個人葬儀でも儀仗隊を出し、全国的なナショナリスト団体である日本会議のイベントでも鶫3曹の参加を認めたが、「たいした批判もなかったから問題ない」と政治的な中立に対する認識が弛緩していなかったか。
■矜持を失った自衛隊
さらに、これに組織的な関与はなかったのか。縁もゆかりもないイベント会社が鶫3曹の連絡先をなぜ知っていたのか。小泉氏や鈴木俊一幹事長は「党大会を企画したイベント会社が鶫3曹に個人に対してお願いをした」と話しているが、高市首相は「自衛官は職務ではなく、私人として旧知の民間の方からの依頼を受けて歌唱した」と述べており、食い違いが生じている。
常識的に考えれば、まず陸幕広報室か中央音楽隊に連絡があったと思われる。そもそも、何の縁もゆかりもない団体やイベント会社から「プロの歌手を呼べば10万円とか20万円のギャラが必要ですが、鶫さんなら自衛官だからタダでいいですよね? お車代もなしで、美容院とかも自腹でお願いします」と言われて、嬉々として出演するだろうか。
「ギャラ」は本当になかったのか。例えば日本会議やイベント会社、自民党からでなく第三者から何らかの形であるいは経由して金品が支払われていないか。
また、なんらかの「密約」はなかったのか。例えば退職後に自民党から参議院議員として公認候補として出馬するとか。「曹」の階級だと50代半ばで定年退職を迎える。自民党の国会議員に「転職」できれば年収2500万円である。顔も売れており、自衛官の票も集まるだろう。自民党も公認して、選挙費用を持っても当選が確実視できるなら損はしない。
そのような約束があれば、出演料は出なくとも利益はある。少なくとも間接的なエビデンスを見るかぎり、そのような疑いをもたれても仕方がないのだ。
さらには、なぜ中央音楽隊の副隊長、音楽隊指揮者である柴田昌宜2等陸佐が党大会に参加していたのか。現場では指揮や指導などはしていないとされているが、まったく無関係で制服も着ていない「私人」がどうして自民党の最高機関である党大会に招聘されていたのか。普通に考えたら何らかの自民党に対する「功績」があったからではないか。
組織として許されないことも、「私人」の立場でなら組織的に動いても問題ない――。そう考えて、自身の自衛官として立場を利用して日本会議のイベントにも何らかの関与をしてきたではないのか。
今回の件では、自衛官による営利企業の「役務提供」も問題だ。「私人であれば自衛官として活動して問題ない」となったとしたら、さらなるエスカレーションが発生しないか。「前も大丈夫だったから、もう少し踏み込んでも大丈夫だろう」とエスカレートして、自衛隊が自民党の私兵化することさえ、十分に懸念されるのだ。
これを許せば、謝礼さえ貰わなければ、民間企業のCMに「私人」として制服着用で出演できることになるだろう。さらに問題なのは、組織的な関与も可能となることだ。
例えば次は自民党大会で、中央音楽隊の隊長が部下に命じて音楽隊全員が「有給休暇」をとって「陸自中央音楽隊です」と紹介されて演奏することも可能だ。
自衛隊にはこんな不祥事もあった。2020年に、海上自衛隊の森田哲哉1佐が女性向けデリバリーヘルス(派遣型風俗店)を約10年間、実質的に営業したことが発覚して懲戒免職処分を受けた。森田1佐は妻名義で営業届け出を行っており、妻名義なら兼業に当たらないと思ったと述べている。また彼はこれを社会事業だと主張していたようだ。
そうであればこれも「私人」として「役務提供」だと主張でき、懲戒処分はおかしいのではないか、ということになる。今回の件はこのようなグレーゾーンを拡大させることにならないか。
■順法意識も低い自衛隊
かつては自衛隊では、自衛隊出身者の天下り先である生保2社の掛け捨て保険に隊員らが事実上、強制加入させられていた。無論、保険加入は任意だが、入らないと連隊長から呼び出されて「何で入らないのだ?」と圧力をかけられていた。
上官から圧力をかけられれば、末端の隊員は拒否できない。事実上の強制だ。こういう不当な圧力をかけることは、実は自衛隊では少なくない。
自衛隊内部の一定の政治思想を持った集団が、権力をかさに隊員に「私人としての協力を求める」ことがないといえようか。例えば反政府デモに対して、自衛官が集団で制服あるいは戦闘服を着て徒党を組んで「私人」として威圧することも可能だろう。
だが一方で、防衛省は民間団体への利益供与をやめた事案がある。筆者が河野太郎氏が防衛相時代(在任2019~20年)に会見で「防衛省は防衛記者クラブにコピー取りやお茶くみ用に2名の職員を当てている。記者クラブは一民間任意団体であり、これに役務を提供するのは利益供与であり問題ではないか」と河野氏に質問した。
これに応えるかたちでその後、この2名の役務提供はなくなった。防衛省がまずいと判断したことを、隊員が「私人」だから許されるのだろうか。
自衛隊の順法意識は低い。これは自衛隊を縛る法令は少なくないので、法律を遵守すると活動できないことがあるからだ。
例えばオウム真理教への強制捜査時は、陸自の地上部隊や攻撃ヘリまで不足の事態に備えて「演習」名目で準備していた。オウム側が武装して警察では対処できない可能性があったからだ。これは脱法行為で、部隊長は腹を切る覚悟だったが、緊急時だからOKと問題にならなかった。
このような自衛隊が持つ「グレーゾーン」を、政治も自衛隊も問題視していない。これを放置すれば次はもう少しと徐々にモラルハザードが起こり、自民党と自衛隊の関係はナチス政府と武装親衛隊のような関係になってしまうといっても過言ではない。
また、今回の教訓では自衛隊や防衛省、隊員の政治的な中立を求める法律はあるが、政治の側の自衛隊の私的利用を制限する法令が存在しないことだ。得てして自衛隊は政治家から言われると「できません」とは言わない文化がある。
例えば災害派遣で、1000名で十分に足りる派遣を政治家が「3000名を出せ」と要求することがある。「3000人も俺が出させた」と選挙民にアピールできるからだ。これもまた自衛隊の政治利用だが、政治家にその意識が低い。今回の件を奇貨として政治家に対する自衛隊の利用を制限する法令が文民統制の観点からも必要だ。
(清谷 信一:軍事ジャーナリスト)