東京女子医大病院の2歳児死亡事故で、両親は発生直後から記者会見するなどし原因究明と再発防止を訴えてきた。昨年12月の公判で「生きていれば中学3年。悲しみで押しつぶされそうだ」と涙ながらに意見陳述した40代の母親は、判決を受けたコメントで「(息子に)報告できない」と憤りをあらわにした。
亡くなったのは一人息子の孝祐ちゃん。リンパ管腫の手術はメスを使わず、2度注射するだけと聞いていた。前日は狭いベッドで一緒に寝た。
容体が急変したのは手術3日後。集中治療室にアラーム音が響き、危篤と知らされた。心臓マッサージを受ける孝祐ちゃんの目に光はなく、鼻や口からは茶色い液体が流れ出た。死亡宣告されても現実か分からず涙も出なかった。「このまま狂ってしまえればどれほど楽か」と感じた。
突然の別れから10年以上がたった。事故を知らない友人から「孝祐くん元気?」と聞かれると体が硬直する。「大きくなったら何になりたかったのかな」。想像するとつらく、「亡くなった子の年を数えてはいけない」と言い聞かせてきた。
「真実を知りたい」と2年半に及ぶ公判を傍聴し続けた母親は、研修医を無罪とした判決後、弁護士を通じてコメントを発表。「あのときの孝祐の苦しむ姿が浮かんだ。悲しい気持ちでいっぱいです」とつづった。 [時事通信社]