「観光のエゴで富士山を閉めるな」閉山期の登山禁止を求める地元市長にクライマーが反論…市長は「地元として迷惑」

有名観光地としてインバウンドも押し掛ける富士山。7月1日からの開山予定(吉田口・須走口)を前に、1年のうち約10か月を占める閉山期の登山を全面禁止しろという地元自治体と、これに反対するクライマーの間で論争が起きている。地元市長は遭難者の救助要請に「迷惑な話」と怒り、山岳愛好者らは「観光客が気軽に山に入るような空気が問題で、一律の入山禁止は世界の山に挑戦するアルピニストの訓練の場を失わせる」と訴える。
【画像】本物の登山家の遭難死が過去に続出し「魔の山」と呼ばれる谷川岳
閉山期登山を巡り賛否、ネット署名で反対運動も
富士山では閉山期間中の昨年4月、頂上付近で装備をなくして救助された中国人大学生がスマホを取りに戻って4日後にまた救出されたこともあり、閉山期の遭難者に厳しい目が注がれている。
山を抱える静岡県と山梨県は救助費用の有償化の検討も始めている。
特に、4つの登山道のうち富士宮ルートがある静岡県富士宮市の須藤秀忠市長は、同県の鈴木康友知事に対して有償化を直接要望するなど積極的に動いてきた。
「市長は特に4月以降、毎年7~9月の開山期以外の入山は“違法”として登山自体を禁止するルール作りが必要だと主張しています」(同市関係者)
もっとも富士山は八合目から上は富士山本宮浅間大社が持つ民有地で、ここに入るなと行政が勝手に言うことはできない。
そこで、登山道が静岡県の県道であることから、罰則がある道路法に基づいて県道の管理を強化し山への接近を遮断するアイデアが出ている。
ただこれについても富士宮市観光課は、
「道路の管理は県なので、うちの方ではあくまでも県に、しっかりと通行させないような取り組みをしてほしいと要望していくということです。逆に言うとそれ以外は法律的な規制がないので、入るなと取り締まることはできません」と話す。
こうした中、須藤市長がボルテージを上げた4月から、山岳愛好家の間で登山禁止のルール作りに抗議し方針撤回を求める署名がネット上で始まった。6月11日までに署名は4600筆を超えている。
「冬の富士登山ができなくなれば、日本人アルピニストは育たなくなる」
署名を呼び掛ける、クライマーで山岳映像制作者の鈴木岳美氏(31)は「海外を目指すアルパインクライマーの訓練の場である冬の富士登山ができなくなれば日本人アルピニストは育たなくなる」と訴える。
同時に、富士山を巡る最近の報道が、登山への偏見を生んでいるという危機感があるとも話す。どういうことか。鈴木氏はまず富士山の特殊性を挙げた。
「問題のある救助要請が増えたのは事実だと思います。1つは富士山が夏の観光で“初心者でも登れる山”というレッテルが貼られたことでしょう。
『夏に登れるからちょっと季節が違っても登れるでしょう』という感覚で閉山期に入ったけど思ったより厳しかったので救助を求めた、というのが目立っていると思います。
“夏は安全です”というプロモーションと観光開発をした結果、『自然に近づいていること』を見せなくしたのも要因でしょう。
実は富士山は、夏と冬に求められる技術レベルの差が大きい山です。冬にヒマラヤ並みに風が吹くこともありますが、一方で夏は整備しすぎてしまった。
標高2300mの五合目は平地より気温が10℃以上低い過酷な環境なのに、そこまで車を使ってノーリスクで行けてしまう。登山道も完全に整備されています」(鈴木氏)
確かに須藤市長は、
「富は安全な時に登っていただきたい。冬に登れなくても、夏でも開中はいつでも登れますから」
と夏の登山を呼びかけている。だが鈴木氏はこの認識に反論する。
「夏は安全ですって言い切るのはものすごく危険なことです。私は夏の富士山でガイドをした経験もありますが、夏でも午後は落雷の危険性が高まります。
登山は、そうした危険も含めた自然と向き合い、自分の体と自然をいかに調和させるかを追求する遊びです。そういう意味で言うと、夏の富士山で今行なわれている行為は登山ではなく観光なんですね。その“観光客”が(山岳技術を擁する)閉山期にはみ出してきている部分が問題だと思います」(鈴木氏)
「限定的な規制をする決まりを作るのなら賛成したい」
こうした人が閉山期に山に入って遭難を繰り返し、登山家と観光客の区別なく「山イコール危険」という印象を与える報道が続いた結果、“なんでそんな危ない変なことをやるんですか”という見方が広がり、「登山という文化自体を偏った目で見る一般の人が増えてしまった」と鈴木氏は嘆くのだ。
ただ、そうした危ない観光客の山への進入は食い止める必要がある。
方策をたずねると鈴木氏は、すでに国内で行なわれている限定的な入山規制を例に挙げた。本物の登山家の遭難死が過去に続出し「魔の山」と呼ばれる群馬・新潟県境の谷川岳(1977m)などで取り入れられている制度だ。
「谷川岳(の危険地区)では条例により、10日前までにふもとの登山指導センターへの登山計画書を提出することが義務付けられています。センターは必ず計画書に目を通し、登山者の力量や計画に疑問があれば指摘もします。
さらに雪崩の可能性があるなど特に危険な地域は、時期を限定して入山禁止措置もとられています。
富士山でも危険性を判断する根拠を持ち、限定的な規制をする決まりを作るのなら賛成したいです。でも今の議論は考えることをやめ、とにかく観光シーズン以外は全部閉めましょうというもの。まさに観光のエゴだと思います」(鈴木氏)
署名活動開始後、鈴木氏のもとには「お前がそれを言うんだったら全責任を負え」という非難の声も届く。
その一方で、アルピニストからは「よく言ってくれた。協力したい」との応援も寄せられている。
冬の富士山に登れなくなれば、日本の登山界の衰退に直結するとの焦燥感があるという。
「厳しい気候条件に加え、ヒマラヤなどの7000、8000m級の高峰を目指す時、薄い酸素に慣れる“高度順応”が事前に求められますが、これが標高4000m程度に身を置くのが一番いいとされています。
標高3776mの富士山の次に日本で高い北岳(山梨県)は3193mしかなく富士山は唯一無二の山なんです」(鈴木氏)
地元メディアによると須藤市長は鈴木氏の署名がネットで展開されていることについて今月の定例記者会見で、救助におもむく消防隊員のリスクを強調しながら、
「地元としては迷惑な話。登っちゃ困るという、私たちの場をもう少し理解してもらいたい」と話した。
日本一の山を巡る攻防は登山文化の行く末も絡み、まだまだ続きそうだ。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班