「政治の劣化どころではない」元首相・細川護熙が暗澹とする〈皇室典範改正〉駆け足成立の空恐ろしさ

元首相の細川護熙氏は、高市政権に対しては「深刻な危機感を抱かずにはいられない」と指摘する。皇室典範改正問題を中心に、その心情を明かした。
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「政治の劣化」にとどまらない空恐ろしさ
外交では、多数派というよりリーダー個人の責任がより重くなる。昨年11月の台湾有事に関する失言以降、日中関係は悪化したままだ。国民に多大な損害をもたらしていながら、事態の打開に向けて「日本はいつもオープンだ」と口で言うだけで何もしないのでは、無責任の誹りをまぬかれない。一方で高市氏は、トランプ大統領の横では、はしゃいで飛び跳ねてみせる。米中という2大大国に対する距離感やバランスのとり方に、政治的な計算や戦略の裏付けがあるようには思えない。国際舞台で一国のリーダーが自らの責任の重さを知らずに振舞うことは、国を危うくしかねないことである。
今国会で成立した法案の中で深刻な問題を孕んでいるのは、皇室典範改正法案である。この法案は、他のいずれにも増して「この国のかたち」に関わっている。ほとんどのメディアや保守系の学者を含む名だたる識者たちが疑義を呈して、国民の支持も乏しい改正案が、「静謐な環境」という名の下、駆け足でだまし討ちの様な形で成立した。共産党と参議院の立憲以外の野党の多くも賛成に回ったのは、政治の劣化というにとどまらない空恐ろしさを感じさせる。
今回の典範改正は、皇族数確保が目的とされた。そこで、結婚後も女性皇族が皇室に残ることができるようにする案と、旧宮家出身の男系男子を養子縁組で皇族にする案の二案が、衆参の正副議長がまとめた国会の総意とされて、その法案化が政府に委ねられた。
ところが出来上がった法案では、国会の取りまとめを超えて、養子皇族の男子子孫に皇位継承資格があるとされている。また結婚後も皇室に残った女性皇族が住民基本台帳に記載されるとされていることも、二流皇族扱いするのかとの批判がある。
政府は、養子皇族の規定が加わり、その養子皇族本人には皇位継承資格がない旨の規定はあるが、他の部分はいじらないのだから、自動的に養子の子孫には皇位継承資格があることになると説明する。これは明らかに作為である。国会で皇位継承の問題は今回は扱わないとなっているのだから、皇室典範の本則や附則で、養子皇族の子孫については、「別に法律で定める日まで、皇位継承資格を有しない」としたり、「皇位継承資格について検討を加え、その結果に基づいて必要な法制上の措置を講ずる」などとするのが、普通の立法手法である。
また結婚した女性皇族について、女性皇族は皇統譜と住民基本台帳に、夫と子は戸籍と住民基本台帳に記載されるというのは、大きな仕組みを作らないで、部分部分をそれぞれの既存の仕組みにはめ込もうとしているということである。ヨーロッパの王制の国を参考にすればいろいろなやり方が可能で、政府が工夫を怠っている印象はぬぐえない。
これが皇室典範改正「だまし討ち」の正体
法案を書くのは無論役人である。政府法案だから内閣法制局を通るが、当然内閣法制局は右に述べたようなことは指摘しただろう。にもかかわらずこのような法案が出てきたということは、やはり背後の政治的意思の存在を思わせる。これがだまし討ちの正体ということになる。
私が危惧するのは、そのような政治的意思が存在して、2005年の有識者会議の報告書で「国民の理解と支持、安定性、伝統のいずれの視点から見ても問題点があり、採用することは極めて困難である」として否定された案が、いつの間にか息を吹き返し、衆参3時間ずつの審議だけで、多くの国民が危惧するなか、野党も同調して可決されたという事実である。この先、一旦過去に否定されたものでも、甦って時の権力の手で実現されることもあり得るかと思うと、正直暗澹とならざるを得ない。
※本記事の全文(約9000字)は、月刊「文藝春秋」9月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(細川護熙「 緊急提言 皇室典範『たまし討ち』改正は許されない 高市総理よ、日本を壊すな 」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。

・天皇制が現代国家と共生するために

・目標が明確だった以前の自民党リーダー
(細川 護熙/文藝春秋 2026年9月号)