北海道富良野を舞台にしたテレビドラマ「北の国から」の原作者で、脚本家の倉本聰さんの訃報を受け、富良野市の北猛俊市長は28日、名誉市民でもある倉本さんの死を悼むコメントを発表した。全文は以下の通り。
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倉本先生は、1977年に本市へ活動の拠点を移され、市民との交流を通じてテレビドラマ「北の国から」を着想されました。富良野の四季折々の自然と、その中で営まれる人々の暮らしを背景に、「自然の尊さ」「人間の絆」「家族の愛」を描いた「北の国から」は、全国に多くのファンを生み出し、本市の魅力を広く発信してくださいました。
また、「2002遺言」が放映された2002年には、本市の観光入込客数が統計上過去最高となる年間249万人を記録し、本市観光がスキーを中心とした冬季観光から夏季観光へと発展していく大きな契機となりました。
倉本先生が主宰された「富良野塾」は、2010年の閉塾まで多くの人材を育成し、現在も本市に関わりながら活動する方々を数多く輩出されています。また、「昨日、悲別で」「走る」をはじめとする数々の作品や演劇活動を通じて、市民に深く愛されるとともに、本市における文化芸術による地域づくりを力強く牽引(けんいん)されました。
その歩みの中で育まれた演劇文化の創作・発信拠点として、2000年には全国初の公設民営劇場である富良野演劇工場が開設されました。今日、演劇工場は富良野市民にとってかけがえのない財産となっています。
さらに、倉本先生が主宰された「富良野自然塾」は本年20周年を迎えられました。閉鎖されたゴルフ場跡地は、多くの皆さまの手による植樹活動によって着実に本来の森を取り戻しつつあります。また、この地から始まった環境教育プログラムは全国7カ所へと広がり、「環境都市・富良野」を目指す私たちにとっても大きな誇りとなっています。
倉本先生が本市に居を構えられて以来、およそ半世紀にわたり、私たち富良野市民に数多くのかけがえのない財産を残してくださいました。また、ご講演や演劇、著作活動などを通じて、多くの示唆と学びの機会を与えてくださいましたことに、心より感謝申し上げます。
生前のお姿をしのび、深甚なる謝意を表しますとともに、安らかなご冥福を心よりお祈り申し上げます。