台風19号により、これまでに12都県で79人が亡くなったことが確認されている。最も多い29人の死者が出た福島県では、病院と介護施設で設備を担当し、地元住民らから信頼されていた男性2人も犠牲になった。台風が上陸した12日夜に緊急招集され病院で作業をしていたとみられるものの、死亡した経緯は分かっていない。遺族は「なぜ亡くなったのか知りたい」と願い、目撃情報を求めている。
亡くなったのは、同県本宮(もとみや)市の「谷病院」に30年以上勤め、ボイラーの点検・運転などを担当していた山口正明さん(72)=三春町実沢=と渡辺洋幸さん(70)=同市和田。山口さんの長男、正博さん(45)によると、13日午後11時半ごろ、病院の玄関近くで2人が倒れた状態で見つかった。
山口さんは12日午後6時半ごろ帰宅したが、約5時間後に病院から「水が上がってきたから手伝って」と要請を受けて家を出た。病院には医師や薬剤師、事務スタッフらも集まり、カルテや薬剤を1階から上の階に運んだり、自家発電機を稼働させたりした。
山口さんは13日午前4時ごろ、ずぶぬれで帰宅したものの、同6時ごろ再び連絡を受け、「非常事態だから」と病院に向かった。病院でなんらかの作業を続けたとみられ、周りが水浸しだった同9時ごろに職員が2人の姿を目撃している。カヌーで屋外を移動していたとの情報もあるが、その後の行方は分かっていない。
一帯は水位が上がり、病院は一時孤立した状態になった。正博さんは水が引けるのを待ち、13日午後10時ごろから病院職員と周辺を捜して2人を見つけた。山口さんが身に着けていた腕時計は午前11時半を指して止まっていたという。警察からは死亡推定時刻を13日正午と聞いた。
山口さんは人に喜んでもらうのが好きだった。使わなくなったビニールハウスを改良したカラオケボックスを無料で開放。任された仕事に手を抜かない責任感の強さもあった。自宅には近所の住民が毎日、線香を上げに訪れ、突っ伏して大声で泣くという。正博さんは「こんなに愛されていた人なんだと知った。誇らしい」と話す。
渡辺さんは病院近くの地域行事にもよく顔を出し、住民に親しまれた。40年来の知り合いで「なべちゃん」と呼んでいた高橋順子さん(69)は「器用な人。職員からの信頼も厚かったと思う。自分が病院を守らなければという思いがあったのでは」と肩を落とす。
2人が病院の外に出て何をしていたのかは、はっきりしていない。谷良久院長は毎日新聞の取材に「2人とも(関東や東北で大きな被害が出た)1986年の水害を経験しているベテラン。危ないことをするようには思えないが、2人が外に出た経緯や理由はわからない」。別の男性医師は「最期まで患者と病院を守ろうとしてくれたんだと思う」と語った。入院患者と棟続きの介護老人保健施設の入所者計約160人は無事だったという。
正博さんは「混乱した状況だったと思うが、父に何があったのか知りたい。ささいなことでもいいので何か知っている人がいたら、教えてほしい」と願っている。【磯貝映奈、斎藤文太郎】