東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、パラ陸上を支援している元陸上選手がいる。スプリント種目の世界大会で日本人として初めてメダルを獲得し、3度のオリンピックに出場した為末大さんだ。男子400メートルハードルの日本記録はいまも破られていない。
為末さんは2012年の現役引退後、スポーツに関するプロジェクトを行う企業や一般社団法人の代表などを務める一方、国内外のパラ陸上の選手を支援している。「東京2020大会のパラリンピックは、オリンピックよりも社会に大きなインパクトを与える」と語る為末さんに、パラリンピックを支援する理由について聞いた。
東京2020はパラリンピック選手が健常者を超える大会に
――為末さんは現役を引退した後、パラ陸上の支援を始めたそうですが、現役時代からパラリンピックとの関わりがあったのでしょうか。
僕の現役時代は、視野が狭かったからかもしれませんが、パラリンピックはまだ注目されていませんでした。現役最後だった12年のロンドンオリンピックに出場した直後に、初めてロンドンパラリンピックを見て、すごく感銘を受けたのがきっかけです。引退後、競技用の義足を作るプロジェクトに参加し、東京2020大会の開催が決まってからは「東京はオリンピックよりもパラリンピックだ」と思い、さらに深く関わるようになりました。
――なぜ「オリンピックよりもパラリンピック」と思ったのですか。
僕はどちらかというと、スポーツそのものよりも、スポーツが社会に与える影響や、人々の認識をどう変えるのかについて興味を持っています。
オリンピックで強い印象に残っているのは、1984年のロサンゼルス大会の開会式です。人がロケットエンジンで空を飛んだことが衝撃でした。しかし、あれほど大きなインパクトをオリンピックが与えることは、今後はないのではと思っています。
その一方で、パラリンピックには未来を感じています。ロンドンオリンピックを目指して3年間アメリカでトレーニングしていた時、義足の選手と練習したことがあります。100メートルでは圧勝するのですが、彼らは勢いがついてそこから速くなるんですね。最初はずるいと思いました(笑)。なぜそう思ったのかを後から考えてみると、彼らがもっと速くなる未来を感じたからだと分かりました。
東京2020大会は、陸上で言えばおそらく同じ競技でパラリンピアン(パラリンピック選手)がオリンピアン(五輪選手)の記録を上回る初めての大会になるでしょう。その瞬間を見たときに、障害のある人に対する人々の認識が、大きく変わると思っています。
――認識はどのように変わると考えていますか。
もともとのパラリンピックの文脈は「障害があるのに健常者のように競技ができてすごい」というものでした。それが「健常者にできないことができている」に変わると思っています。この文脈が他のことにも派生して、「障害ってなんだろう」と多くの人が考えるようになり、その結果、障害のある人の能力について社会の認識が変わっていくのではないでしょうか。
でも実は、オリンピックの陸上選手は、マラソンなどの長距離ではすでに車いすの選手に負けているんですね。そう思わないのは、車いすを使っているので同じ競技という感じがしないからかもしれません。しかし、これが義足の選手ならどうでしょうか。義足の選手がオリンピアンの記録を上回った時、大きなインパクトを与えると思います。
――義足の選手が、オリンピアンよりも速く走ることができるというのは、簡単には想像ができませんが、なぜそのようなことが可能になるのでしょうか。
義足を使う場合、あるレベルまでは同じ走り方をしていますが、(走り方を)極めて高いレベルになってくると、健常者とは違う技術が入ってきます。簡単な例を挙げると、腕の振り方が縦方向になります。義足をつぶすように、縦方向に走り始めるんですね。
道具を使うこと、それに(五輪選手のような)走り方の“教科書”が無いことから、健常者とは違った走り方になります。その結果、健常者を上回る記録を出す可能性があるのは、非常に興味深いです。パラリンピックを見ていると、いろいろなことを考えさせられると思います。
東京2020パラリンピックで何が変わるか
――東京2020パラリンピックが社会に与えるインパクトには、どんなことが考えられますか。
パラ陸上ではレースの後、片手が使えない選手が、ペットボトルを脇に挟んで蓋を開けている姿を見ます。ペットボトルが最近増えている柔らかいものだと、水が飛び出してしまうので、片手でも力を入れずに蓋をあけられる器具を選手たちが自ら開発しています。
でもよく考えてみると、握力が低下しているのは高齢者も同じですから、蓋をあける器具は、高齢者にも役に立つはずです。他にも、足の不自由な人のいすはどんな形状のものがいいのかを考えたり、器具以外にも、片手で靴ひもを結ぶ方法を編み出したりと、多くの人が助かるモノがたくさん生み出されると思っています。
このようなイノベーションはニッチなマーケットなのかもしれませんが、かゆいところに手が届くという意味では、すごく日本的な気がします。
――パラリンピアンの視点がイノベーションにつながるということですか。
そうですね。パラリンピアンに東京の街を歩いてもらうだけでも、分かることがたくさんあります。地下鉄の青山一丁目駅は、地下の構造が複雑で、車いすユーザーは電車に乗るためにすごく時間がかかります。
車いすの動きは分かりやすく言うと、ベビーカーと同じ動き方です。車いすの選手が困る場所は、ベビーカーを押しているお母さんも困る場所になっています。
つまり、いろいろな人が困難を抱える局面が、障害のある人やパラリンピアンに集約されていると言えます。東京2020パラリンピックを経て、東京が高齢者と障害のある人にとって世界で一番暮らしやすく、訪れやすい街になることは、東京にとって大きな武器になるのではないかと期待しています。
パラスポーツが盛り上がるには
――現時点では、東京2020パラリンピックの盛り上がりをどのように見ていますか。
パラリンピック本番になれば盛り上がると思いますが、いまの時点ではパラスポーツの大会を訪れても、多くの競技会場で観客は少ない状態ですね。
僕はパラリンピックには、この先2つの道があると思っています。1つはいまの形が続くことです。パラリンピックは、イギリスのストーク・マンデビル病院のグットマン博士が、脊髄損傷患者のリハビリにスポーツを取り入れ、スポーツによって自信を得て社会復帰させるために始まりました。
今の形で盛り上がらない要因を考えてみると、例えばパラ陸上の世界大会では、1時間のうち約20分間は表彰式が占めます。というのも、100メートル走ひとつをとっても、障害の程度によってたくさんの種目があるからです。東京2020パラリンピックでは、100メートル走の男子だけで16種目ありますので、それだけで48個のメダルが贈られます。表彰式の長さがエンターテインメントとしては物足りなくしているのかもしれません。
もう1つの道は、現在のオリンピックのようにエンターテインメントを突き詰めるものです。オリンピックでは100メートル走のフライングは1回までとするなど、時間短縮を図って試合を面白くしてきた歴史があります。
パラリンピックがこの道に進むのであれば、競技ごとの種目の数を減らす必要があるでしょう。しかし、それでは「障害のある多くの人にスポーツの機会を」という理念から外れます。2つの道のどちらを選ぶかは難しい判断だと思いますが、少し変えていくだけでもパラリンピックをもっと面白く見てもらうことは可能だと思っています。
東京が高齢化社会のモデルになる
――オリンピックと一緒にパラリンピックの浸透を図るにはどうすればいいと思いますか。
近代オリンピックを提唱したクーベルタン男爵が語った理念の1つは、若者に対する教育でした。心身ともに健康であるために、教育にスポーツを取り入れる考え方です。だから若くて元気な選手が中心のオリンピックから得られる感動は、ぜひ子どもたちに見てもらいたいと思っています。
一方のパラリンピックは、高齢化社会がどのような形になっていくのかについて、1つのモデルを見ることができるという気がしています。
先進国の平均年齢が上がってくると、メインのスポーツは100メートル走ではないですよね。全力疾走は20代くらいまでしかできませんから、鑑賞する対象にしかなりません。
パラスポーツは、困難を抱えながら過ごしている人によるものです。日本にも実際に、足が痛いとか薬を飲まないといけないとか、健常ではない状態の高齢者がかなりいるはずです。(パラスポーツは)その人たちができなくなったことではなく、できることにフォーカスしていると言えます。
つまり、パラリンピックの方がより多くの人のシンパシーを得られる可能性があるのではないでしょうか。言葉はよくないかもしれませんが、スポーツをしながら明るく生活しているパラリンピアンの姿を発信することが、高齢化社会を迎える全ての先進国に希望をもたらすメッセージになると思っています。
企業とパラリンピックの関わりはどうあるべきか
――東京2020大会は、企業がスポンサーになる場合、オリンピックとパラリンピックの両方を支援することになりました。これも初めての試みですが、為末さんもスポーツを支援する企業や団体を運営するなかで、企業はパラリンピックにどう関わっていくのが望ましいと考えていますか。
現在企業が行っている支援は、結局、パラリンピアンを雇用することと、自社の広告に採用することの2点だけしかないのではないでしょうか。
雇用については、民間企業では全従業員のうち、障害のある人を2.2%以上雇うことが障害者雇用促進法で定められています。定められた雇用率以上に雇った場合は調整金がもらえるので、インセンティブにもなっていると思います。
でも本質的には、企業が本気で(障害の有無や能力差などを問わずに利用できることを目指した)ユニバーサルデザインに取り組んだ方が新たな可能性がけると思いますね。障害のある人の多くはアクティブではないですが、パラリンピアンはすごくアクティブで、発信力もあります。だからこそ、パラリンピアンが感じている障壁を、企業が1つ1つ自分たちのビジネスで改善できれば、一歩先の未来を見据えた、高齢化社会のためのプロダクトを生み出せるのではないでしょうか。
逆に、これまでの大会に比べて国や企業の支援が厚いために、気になっていることもあります。これは僕がパラリンピアンと関係ができているのであえて言いますが、パラリンピアンと話していて、「それはちょっと都合がよすぎるのでは」と感じることもあります。
いまは東京2020に向けてブームが来ていて、パラリンピアンの支援もバブルのような状態になっています。バブルを1回経験すると、はじけたときに不満だらけになってしまうので、バブルの状態は選手にとってはあまりいいことではありません。若い選手には「この条件はお前の実力とはすごく乖離しているからな」としきりに注意しています。
そういう意味では、選手の側からは単に楽をするための支援ではなくて、パフォーマンスを出すために必要な支援を働きかけていくことが大事だと思っています。
パラリンピックを楽しむために
――東京2020パラリンピックに、どんな期待を持っていますか。
多様性、ダイバーシティーが本質的に許容される社会を作るには、いまの日本の社会は恵まれている状況だと思っています。ダイバーシティーという言葉は、人種や性別、国籍などについて語られることが多いですが、障害がある人は手がない、足がないといった世界なので、ダイバーシティーの度合いが違います。ダイバーシティーの範囲を障害のある人や高齢者まで捉えて、あらゆる人がそれなりに幸せに暮らせるような形を、東京が作れたらいいなと期待しています。
大会の運営面では、大企業が推進するオリンピックに比べて、もう少し草の根的にいろいろなことができると思っています。
2024年のパリオリンピックは、全体の予算の25%をソーシャルビジネスやローカルな中小企業に振り分けると宣言しています。日本でいまから予算を振り分けろと言うと怒られるかもしれませんが、草の根的に自分たちなりにできることを考えるのも、楽しみ方としていいのではないかと思います。
――大会の成功を考えたときには、パラリンピックの競技会場が満員になるかどうかも重要だと思いますが。
東京2020はオリンピックのチケットが取れたらラッキーという話ですよね。パラリンピックはそこまでの倍率にはならないと思いますので、ぜひ会場に足を運んでほしいです。
先ほど表彰式が長いという話をしましたが、もちろん見て面白い競技がたくさんあります。車いすバスケットボールや車いすラグビー、陸上の100メートルや走り幅跳びなどは、非常に競技レベルが高いです。実際に見ると、人間の可能性の大きさを感じることができると思うので、ぜひ見てもらいたいですね。
(フリーライター 田中圭太郎)