「経営者としてではなく、“チョコレート屋のおやじ”として夢を見る。そこから始まった」。そう語るのは、菓子製造を手掛ける平塚製菓(埼玉県草加市)の平塚正幸社長。同社は11月1日、史上初の“東京産カカオ”を使用したチョコレートを発売する。
東京で育てたカカオでチョコレートをつくる――。不可能といわれた挑戦は、16年かけて実を結んだ。「夢とロマンの結晶」(平塚社長)というチョコレートはどのように生まれたのか。平塚社長に思いを聞いた。
自分で育てたカカオでチョコレートを作ってみたい
平塚社長がカカオに心を奪われたきっかけは、多くの日本のチョコレートに使われるカカオの原産地、ガーナを訪れたことだった。広大なプランテーションで、ラグビーボールのようなカカオの実がゴロゴロとなっている。その光景を目の当たりにして、「この木が身近にあったらどんなに楽しいだろう」と、わくわくした。
1901年創業の老舗である平塚製菓は、大手菓子メーカーのOEM(相手先ブランドでの生産)が主力。取引先は70社にも上る。2000年までは自社ブランド商品も製造していたが、平塚社長がOEM路線への転換を決断。それが奏功して生産量は伸び、20年には新工場の建設も予定している。
そのため、同社にとってはOEMが本業。「菓子のお役立ち企業」(平塚社長)としての役割を担うことが何よりも重要だ。今回の「東京産カカオ」の取り組みは、「夢や挑戦を忘れてはいけない」という平塚社長の思いを表した“フラッグシップ”の位置付けだという。
しかし、カカオが育つ条件は限られている。年間を通じて高温多湿なアフリカや中南米、東南アジアなどの地域が主な原産国だ。日本で育てた事例やノウハウはほとんどなかった。
ハードルは「土づくり」と「発酵」
03年にカカオ栽培に着手した当初は、沖縄が栽培の候補地として有力だった。しかし、調査を進めるうちに、東京都の離島、小笠原村も気候条件を満たす候補地として挙がるように。「東京産」というブランドを掲げたいと、小笠原村の母島で栽培することに決めた。
手探り状態から始めたカカオ栽培は失敗の連続。最初に植えた1600個の種からは167本の苗が育ち、約30センチまで伸びた。しかし、その全てがそれ以上育つことなく、枯れてしまった。最初から仕切り直しになった。その失敗から、土づくりの重要性とハウス栽培の可能性に気付き、現地のパートナーと一緒に栽培環境から見直した。
カカオを育てる土は水はけがよくないとだめだという。腐葉土や堆肥の実験を重ねながら、最適な土になるように調整した。やがて木が育つようになっても、実がなる木とならない木があり、枯れてしまった木を植え替えることを繰り返した。
試行錯誤の末、13年10月にカカオ豆を初収穫。そして現在では、4500平方メートルの農園に500本のカカオの木が育っている。収穫量は年々増えており、今年は1トンを収穫。当面は、この500本の木で年2トンの収穫を目指すという。
しかし、収穫できればすぐにチョコレートが作れるわけではない。最大のハードルは、カカオ豆の「発酵」だった。チョコレートの原料としてカカオを輸入する場合は、現地で発酵、乾燥させた状態で仕入れる。日本でカカオ豆を発酵させた前例はほとんどなかった。
当初は、カカオの産地で行っている方法と同じように、バナナの葉で豆を包んだり、木箱に入れたりして発酵させてみた。しかし、「うまくコントロールできなかった」(平塚社長)。そこで、草加市の工場の敷地内にラボを設置し、温度や湿度を電気で調整できる保温庫を使って“最適解”を見つけることにした。「漬物と同じで、長く発酵させればいいというわけではない」(同)。ほどよく発酵する温度・湿度と発酵時間を探していった。
「年によって味が変わる」新しい楽しみ方を提案
平塚社長の夢から始まったプロジェクトは、多くの人を巻き込みながら、少しずつ形になっていった。15年には、東京産カカオを使ったチョコレートが完成。そして19年11月、「TOKYO CACAO」という商品として、本格的な販売が始まる。
「TOKYO CACAO」は、カカオ70%のチョコレート2枚が缶のケースに入っていて、価格は3000円(税別)。初年度は2万個限定で販売する。カカオのおいしさを最大限に引き出すため、高いカカオ比率と、砂糖などのシンプルな原材料にこだわったという。チョコレートには、伝統的なガラス細工の江戸切子をイメージした模様が入っている。
東京産カカオのチョコレートは他の産地と比べて、「フルーティーでマイルドな味わい」が特徴だという。食べてみると、少し酸味があり、かんきつ類のようなフルーティーさと鼻に抜ける香りを感じる。
本格販売に先駆けて、10月24~30日に東京・渋谷の商業施設「渋谷ヒカリエ」で期間限定販売を実施。11月から公式オンラインストアで販売となるが、すでに予約を受け付けている。
今後は、味の向上や収穫量の増加に加えて、地域活性化、産学連携などを見据えて取り組みを進めていく。苦労した「発酵」については、「まだまだ開発の余地がある」(平塚社長)。実験や改良を続けていくため、収穫の年による味の変化を楽しむこともできるようになるという。「チョコレートファンの方たちが、毎年首を長くして待ってくれるような商品にしていきたい」と平塚社長は意気込む。16年かけて商品になった“東京産カカオ”は、これからまだまだ形を変えていきそうだ。