消費税は弱者に厳しいというウソ ~逆進性という勘違い~

2019年10月、消費税が10%へと引き上げられた。2度にわたる延期、そして初めて導入された軽減税率にてんこ盛りのポイント還元と、紆余曲折(うよきょくせつ)を経た増税だ。

消費税の引き上げで指摘される問題点に、「逆進性(ぎゃくしんせい)」がある。所得の少ない人ほど負担が多く、所得の多い人ほど負担が少ない状況だ。これは所得が多いほど税率が高くなる、所得税の累進性(るいしんせい)と反対の状況だ。

ただ「逆進性は勘違い」と筆者は過去にSNSで何度かつぶやいている。すると見知らぬ人物から一体何が勘違いなのか? と絡まれたので、ググって自分で調べて下さいと答えたが、どうやらまったく理解できなかったようだ。

各種メディアでも消費税には逆進性があると報じられることはいまだにあり、勘違いであることは自明の理かと思っていたらそうでもないらしい。

10%への引き上げにここまで難儀したことを考えると、しばらく消費税の引き上げはできないだろう。総理もそのように明言している。しかし年金・医療・介護と社会保障費の急増を考えれば、消費税の代わりに現役世代だけが負担する社会保険料のさらなる引き上げが待っている。

消費税は弱者に厳しい、逆進性があるという勘違いに基づく指摘は、結果的に複雑怪奇で史上最悪の軽減税率の導入にもつながった。改めて逆進性は勘違いであるとハッキリ説明しておきたい。

逆進性とはなにか?
消費税は所得が低い人ほど負担が重い、とはどういう事か。これは支出に占める「生活費」の割合による。

食費、光熱費、通信費など、生きていく上で欠かせない支出を生活費と考えた場合、所得が少ない人ほど生活費の割合が多い。

筆者はFP(ファイナンシャルプランナー)として多数の家計を見ているが、これはもちろん十分に承知している。年収が500万円の世帯と1000万円の世帯は、生活費に2倍の差は無く、貯蓄にまわるお金の割合も収入が多い人の方が高い。つまり所得が低い世帯は支出に占める生活必需品の割合が多く、増税の負担から逃げられない。

一般的には、これをもって逆進性、つまり消費税は弱者に厳しいと指摘される。軽減税率が食料品に導入された経緯や、他の生活必需品にも導入すべきといわれるのもこれが理由だ。

高所得者が冷遇される公的サービス
消費税の負担は低所得者の方が重いといわれれば、もっともらしく聞こえる。しかし、消費税の議論がなされる時、もっと広げれば、税金の議論がなされるときは「負担」の話ばかりだ。

「負担と給付」といわれるように、集めた税金は当然さまざまな形で使われる。つまりは「給付」だ。消費税に限らず税金はどのように集めるか、そしてどのように使うか、負担と給付をセットで考える必要がある。

税金による給付=公的なサービスで、高所得者がどのように扱われているか知らない人も多いだろう。筆者が逆進性は気のせいと指摘する理由はここにある。結論からいうと高所得者の負担は極めて重く、冷遇されている。

先日、認可

保育所は3歳から5歳まで無償化されたが、0歳から2歳までは有料だ。そして保育所は多額の税金が投入されているため、実質的に税金による給付である。

保育料は自治体によってかなり金額が異なるが、納めている住民税(区民税・市民税)によって決まる。住民税は所得で決まるため、高所得者ほど負担が増える。例えば筆者が事務所を構える荒川区であれば、区民税を納めている世帯はD1からD26まで、26の区分に分けられている。

荒川区の保育料は最大で16倍の差
D1は住民税額(夫婦の合計額)が年間0~4999円とごく少額の場合で、保育料は2400円に、均等割額といって一定額の1900円が加算され、合計で月額4300円となる。

一方、最も高額なD26は区民税が年間60万円以上のケースで、負担額は6万8900円+均等割額1900円、合計で月額7万800円となる。

その差は16倍以上だ。年間で見ればD1は5万1600円、D26は約85万円、差額は80万円以上と極めて大きくなる。

ここで計算に使われる住民税は夫婦二人分の区民税となるため、収入は世帯によって異なるが、いずれにせよ二人で60万円以上の区民税を納めている世帯はかなり高所得の世帯となる。

収入が多いなら負担は多くて当たり前と思う人も多いかもしれない。しかし、ここが勘違いの始まりだ。すでに説明した通り所得税は累進課税で所得が多いほど税率が高いのだ。

つまり課税=負担の段階ですでに高い税率を課せられている。それにもかかわらず「給付」の段階でも多額の保育料を払うことになり、表面的な税率以上に負担は大きい。

保育料に限らず所得が多いほど負担が多い、あるいは給付が少ない公的なサービスは多数ある。つまり負担と給付の両面で発生する「二重の累進性」が高所得者には働く。これは消費税の逆進性を打ち消して余りあるほどに大きい。

給付の累進性
保育料なんて数年の短い期間じゃないか、と思われるかもしれないが、給付の段階で累進性が働く公的な制度を列挙してみると、以下の通り保育料以外にも多数ある。

・保育料

・医療費

・遺族年金

・住宅ローン減税

・奨学金

・児童手当

・育休・産休手当

医療費は通常3割負担だが、入院等で負担がかさんだ際は極端に負担が増えないように上限が設けられている。これを高額療養費制度という。

上限は収入に応じて5段階に分かれているが、一般的な「区分ウ」※のケースは以下の計算式の通りだ。

・8万100円+(総医療費-26万7000円) 1%

医療費が約8万円を超えると、あとはどんなに医療費が増えても実際の負担はほとんど変わらない。3割負担でもなお100万円の医療費が発生した場合ならば、8万100円+7330円でその月の支払額は8万7430円となる。

しかし、最も収入が多い「区分ア」※の計算式は以下の通りだ。

・25万2600円+(総医療費※1-84万2000円) 1%

このケースで100万円の治療費が掛かった場合、25万2600円+1580円=25万4180円と、ウのケースと比べて3倍も多い。

収入が多い人は税金も社会保険料も負担額は多く、所得税は税率も高まる。高所得者にとっては「多額の税金や保険料を納めているにも関わらず公的サービスの負担まで重い」と、常識的に考えて働くことがバカらしくなる状況だ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだと言わざるを得ない。

区分ウ(標準報酬月額28万円~50万円)(報酬月額27万円以上~51万5千円未満)

区分ア(標準報酬月額83万円以上)(報酬月額81万円以上)

高所得者にお得な制度はふるさと納税くらい
残りの制度はざっと説明するが、遺族年金は、残された遺族の年収が850万円を超えていると支給対象外になる。一度支給対象外になるとその後850万円以下になっても支給されないという、制度的にもおかしな仕組みだ。

住宅ローン減税は、所得3000万円以上の場合は対象外で利用できない。

日本学生支援機構の奨学金も所得制限がある。奨学金の金利は極端に低く、利用者にとっては極めて有利な借金だが、これも所得を基準に利用の可否が決まる。

児童手当は通常3歳未満まで月額1万5000円、それ以降は15歳まで1万円が支給されるが、共働きで子どもが二人の場合ならば、夫婦どちらかの年収が917万8000円を超えると、一律5000円に減額される。

育休・産休の手当も、通常は給料の3分の2から2分の1が支給されるが、上限があるため収入が高い人ほど減収の割合が大きくなる。

筆者はすべての公的サービスの仕組みを把握しているわけではないが、他にも所得に応じて負担が増える制度は当然あるだろう。収入が多いほど有利な制度はふるさと納税くらいだ。

※各種制度は最低限の説明に留めています。詳細は各省庁の公式サイトや勤務先にてご確認ください。

軽減税率と逆進性、勘違いの共通点
筆者は軽減税率について、「なぜデンマークは、消費税が25%でも軽減税率を導入しないのか」で、いかにトンチンカンな仕組みであるか指摘した。EUで導入されているこの仕組みは、経済成長に悪影響を与えかねないから他国は導入すべきでないと警告をしているほどだ。日本でも多数の経済学者と政治学者が連盟で導入すべきではないと提言をしている。

軽減税率の問題は多数あるが、10%に引き上げる一方で食品などの一部は8%にとどめるという、消費税の仕組みの範囲内で整合性を取ろうとすることが一番の問題だ。結果的に複雑な税制となり、小売業・飲食業の現場では膨大な手間がかかる上に低所得者への対策にまったくなっていない。

消費税は一律10%を適用して低所得者には別途お金を支払うなど、消費税の枠の外も含めて全体でバランスを取ればいい。この考え方は逆進性も同様だ。

消費税による逆進性が問題であれば、消費税以外の税金や保険料も含めた「負担と給付」全体でバランスを取ればいい。逆進性を過剰に問題視すれば、世紀の悪法である軽減税率をなくすことはできない。加えて、消費税と引き換えに、現役世代だけが負担する社会保険料が大幅に引き上げられる。高齢者が消費税に反対するのは当然だが、現役世代は軽減税率と社会保険料の引き上げに反対すべきだ。

18年の消費税の税収は約17.6兆円、社会保険料の収入は70.2兆円と4倍もの差がある。そして社会保険料の多くは現役世代が負担して、高齢世帯に給付される。どちらの影響がより大きいか、そして消費税と社会保険料、どの形で負担すれば現役世代にとって得か、本来は説明するまでもないはずだ。

消費税は逆進性が強く弱者に厳しい、だから消費税を引き上げるべきではないという勘違いは、結果的に社会保険料に跳ね返り、若者世代、現役世代の首を絞めて世代間格差を広げている。

現状では、負担だけではなく給付の段階でも高所得者に強く累進性が働いていると「二重の累進性」を指摘したが、これらを考慮しても消費税の逆進性は大問題であるといえるのか? ということになる。

消費税には逆進性があるという話は、だから「軽減税率が必要」「消費税の引き上げは辞めて社会保険料を引き上げよう」「法人税を上げろ」「金持ちに課税しろ」という話へと展開していく。軽減税率がろくでもないことはすでに以前の記事で書いた通りだが、社会保険料の引き上げは現役世代を直撃して、最も負担している世代をさらに痛めつける形になる。

「金持ちに課税をしろ」という勘違い
法人税の引き上げや「金持ち」への課税は、もうかってるやつらには罰を与えろという話に等しい。そして、完全に誤解されていることがある。すでに規模が大きくなった企業や資産家になった「本当のお金持ち」は、法人所得や個人所得に課税が強化されればかえってその立場は安泰になるのだ。

新たに勃興したベンチャーも老舗企業も、そして資産家もこれからたくさん稼いで資産家になりうる若者も、同じ稼ぎには同じ税率が適用されるということは、後から来た新興企業と若者は税率が高いほど追い付き追い越すことが難しくなるからだ。

個人でいえば、初めて1000万円を稼いだ人も、20年間連続で1000万円を稼いだ人も、税率は同じだ。これは企業にも当てはまる。税率が高いほど手元に残るお金は減り、先に財産を築いた個人や、地位を築いた企業に勝負を仕掛けるだけの資金が減ってしまう。つまり順位、ヒエラルキー、地位は税率が高いほど入れ替わりが難しくなる。

この説明が分かりにくい人は、税率が100%で稼ぎを全て税金として取られる状況を考えてみれば分かる。新興企業も若者も既存の大企業・お金持ちと入れ替わる事は一切不可能になる。所得にかかる税率が高いほどこの状況に近づく。

消費税の引き上げは経済成長を妨げない
資産の高低と所得の高低をごっちゃにすると、金持ちに課税をしろという勘違いが生まれる。実際には資産と所得、それぞれの高低を組み合わせれば2×2=4つの分類があるにも関わらず、資産も所得も低い人を除けば、残り3者は現在全ていっしょくたに「金持ち」扱いされている。

所得は高くても資産がない人、所得は低くても資産がある人、そして所得も資産も多い人と、3者3様に適切な課税がなされなければ、入れ替わりがなくなって階層の固定につながる。

企業を見ても、売上や時価総額で上位の企業は昔からほとんど入れ替わりがない。これは日本の活力を大きく削いでいる。時価総額上位100位までの企業を見ても、新しく興った企業はソフトバンクとファーストリテイリング、そして大きく離れて楽天、目立つのはこの三社程度だ。税率が高いほど投資に回される資金は減り、新しい企業の成長は阻害され、そして経済のダイナミズムは殺される。いい加減この程度の認識は共有されるべきだ。

広く薄く課税される消費税は、入れ替わりを阻害する要因となりにくい。世界でトップクラスに豊かな北欧諸国は、デンマークの25%をはじめ消費税も世界でトップクラスに高い。短期的に見れば景気の上下があっても、長期的に見れば高い消費税が経済成長を阻害しないことを明確に証明している。

逆進性の勘違いは既知の話
冒頭で、消費税には逆進性があるとSNSで絡んできた相手に「ググれ」と返答したと書いたが、これも実は意味がある。現在、逆進性で検索すると専門家やシンクタンクの記事が1ページ目に多数ヒットする。そしてこれらの多くが逆進性に疑問を投げかけるものだ。

筆者も消費税には逆進性という欠点があると聞いて、以前は「多少の疑問はなくもないが、多分正しいんだろう」と考えていた。しかし以下の逆進性に関するレポートを読んで考えを改めた。

『個々の制度に問題はあっても、全体として公平性が保たれていれば可とすべきではないだろうか。税や保険料という負担面だけではなく、給付面も含めた制度全体で、豊かな人は給付に比べて負担が大きく、そうでない人は給付に対して負担が小さくなっていれば十分だろう。消費税の逆進性だけをことさらに取り上げてこれを問題視するのは、結局非常に複雑な制度を作りだすだけに終わる恐れが大きい。

消費税の逆進性は大問題か? ニッセイ基礎研究所 経済研究部 専務理事 エグゼクティブ・フェロー 櫨浩一 2012/05/15』

負担と給付を含めた制度全体で公平性が保たれていればいい……。

これは12年に書かれたかなり昔の記事だ。負担と給付はトータルで考えるべきと、繰り返し説明した話は、このレポートがベースになっている。

逆進性の勘違いについてはとっくの昔に指摘されているにもかかわらず、低所得者対策として軽減税率は高い支持率で導入された。そしていまだに逆進性が問題であるとトンチンカンな指摘がされる。

ググれば10秒で見つかるような情報を確認しない人が多数派である限り、今後も不利な政策が採用され続けるだろう。

※なお、逆進性は消費税単体で見た場合には「ある」という前提で執筆をしたが、逆進性に疑問を投げかけ、それどころか(所得税程ではないにせよ)消費税も「累進性」があると指摘する経済学者の論文もある事は念のため紹介しておく。「消費税は本当に逆進的か」大竹文雄 小原美紀 2005年12月

(中嶋よしふみ 企画協力 シェアーズカフェ・オンライン)