タトゥーを巡る沖縄と台湾のつながりを紹介する特別企画展「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー 歴史と今」が、沖縄県立博物館・美術館(那覇市)で11月4日まで開かれており、異例の人気を集めている。入れ墨は、沖縄と台湾先住民(台湾では「原住民」と呼ばれる)に共通する風習だったが、沖縄の女性が施していた入れ墨「ハジチ(針突)」が禁止されてから今年で120年。台湾でも日本統治時代(1895~1945年)に禁止された。タトゥーを自己表現と見る若者が増えていることもあってか、企画展来場者は展示開始から4週間で6500人を超えた。
沖縄では、女性たちが手の甲や指などに深青色の入れ墨「ハジチ」を施す風習があった。大人になるために必要な儀礼と捉えられ、あの世へのパスポートとも考えられていた。ハジチは当時の若い女性たちにとって憧れで、互いに見せ合ったり、美しさを競い合ったりしたという。
しかし、明治政府が1899年にハジチを禁じ、逮捕された人も少なくなかった。隠れてハジチを入れた女性たちもいたものの、禁止令により「野蛮」とみなされるようになり、次第に社会から姿を消していった。企画展の発起人で、入れ墨文化研究者の山本芳美・都留文科大教授が沖縄で調査した1990年代当時、実際にハジチを入れた女性に会えたケースは数えるほどだった。
一方、台湾の先住民にも、古くから顔や腕、胸などに入れ墨を施す風習があったが、日本統治時代に沖縄と同じように禁圧された。1987年に台湾の戒厳令が解除され、90年代の民主化と共に先住民の権利回復運動が高まると、再び「民族の印」として尊重されるようになった。先住民の若者が入れ墨文様をデザイン化したグッズを製作するなど新たな動きが広がっている。
今回の企画展では、沖縄と台湾での貴重な調査記録などを展示。入れ墨の研究者だった故・小原一夫氏が30年代に沖縄県各地で調査した記録を基に、同県読谷村在住の彫り師、Mayさんがシリコーン製の腕にハジチを再現。ハジチを施した女性も描かれた「沖縄風俗絵巻」の複製も並ぶ。
また、小原氏が鹿児島県の沖永良部島で採譜した「ハジチの歌」を、同氏の孫で八重山古典音楽の歌い手、森久保慶子さんが復元。10月下旬には、ハジチへの憧れを表現したこの歌を会場で披露した。森久保さんは「素直で素朴な歌。娘がハジチを入れたいので、お父さん、お母さん、お米を1合ください、とお願いしている。ハジチャー(施術師)にお礼をするためです。女性がきれいになりたいと努力するのは、いつの世でも変わらないですね」と語った。
来場者は6500人を超え、反響の大きさに、発起人の山本教授は「関心の高さに驚いた。私が沖縄で調査した90年代は、なぜ今さらこんなことを調べるのかと否定的に言われたこともあった。企画展を通して、次の世代につなげることができたようでうれしい」と話す。
10月26日には、台湾東部の先住民プユマ族の洪文貴さん(88)と妻の林清美さん(82)らが会場を訪れた。林さんらは、会場で開催を祝福する伝統儀式を行った。林さんは「沖縄で自分たちの文化が紹介されていてうれしい。多くの人に見てほしいです」と笑みを浮かべた。
沖縄と台湾のつながりを紹介する企画展も
沖縄県立博物館・美術館では、沖縄と台湾のつながりを幅広い視点から紹介する企画展「台湾展~黒潮でつながる隣ジマ」も同じく11月4日まで開かれている。
台湾の歴史と人々の歩みを紹介すると共に、沖縄と関連する歴史の足跡をたどった。漢族、先住民族、客家などさまざまな民族が暮らす台湾の多元的な社会を取り上げ、沖縄との関わりを多面的に取り上げている。久部良和子学芸員は「沖縄と台湾の人々が互いを理解することで、自らを知ることにもつながる」と話している。【鈴木玲子】