【露木幸彦】年収900万円の会社員、あえて不倫妻から「慰謝料」を放棄したワケ ほとんどの財産を失う男たちの現実

前編はこちら→『おかしな行動が日に日にエスカレートした妻が「別居」を言い出たワケ』
中編はこちら→『結婚10年目の不倫、バレた妻が「逆ギレ」して夫に迫ったヤバイ要求』
夫婦が結婚している限り、夫名義の財産も夫婦の共有ですが、離婚するのであれば、夫の財産の半分を妻に渡さなければならないのが原則です(=離婚財産分与。民法768条)。
しかし、このことに納得がいかないのは今回の相談者・桑野洋介さん。洋介さんは結婚10年目。最近妻が別の男と浮気していることが発覚したうえ、住民税などを滞納していたことまで明らかになって、夫婦はついに離婚をすることに……。
夫婦の貯金用の口座からは住民税の滞納分など300万円分ほど支払われており、あとは300万円しか残っていないのですが、洋介さんはこれを「どうしても妻に渡したくないんです!」と訴えます。一方で、そこにこだわりすぎると離婚協議がまた前に進まなそうで……いったい、洋介さんはどうすればいいのでしょうか。

<相談者の属性(すべて仮名)>結婚10年目夫 桑野洋介(48歳・会社員・年収900万円)妻 桑野美音(42歳・デザイナー・年収不明)
そもそも夫婦の貯金口座は住民税や健康保険の滞納分に充てるために積み立ててきたわけではないので、本来、洋介さんは妻に対して300万円を返すように求めることが可能です。
しかし、「いざというとき(滞納で差押)のために夫に積み立てさせておいて良かった」と本気で言うような相手に、「300万円を返す」という約束を取り付けるのは相当に大変です。
〔photo〕iStock
妻のこれまでの言動を考えれば、返すつもりがないのに軽い気持ちで「返す」と言う可能性もゼロではありませんが、毎月、遊ぶ金欲しさに社会保険料を滞納するような人間なので、300万円をすべて取り立てるのは気が遠くなる話です。
このように考えると過去の清算(300万円の回収)より、将来の被害を優先した方が良さそうです。将来の被害とは「他の財産の分与」、「慰謝料の請求」、「滞納分の再差押」の3つですが、順番に見ていきましょう。
まず1つ目は「他の財産の分与」です。
洋介さんいわく、夫婦の貯金以外にも勤務先の財形や通勤に使う自動車、老後用の貯蓄型保険など別の財産も有しているとのことですが、妻はこれらの財産を把握していません。

とはいえ本来、夫の財産と妻の財産の合計を夫5割、妻5割で分け合うのが財産分与です。妻が市役所で夫(洋介さん)の所得証明書(課税証明書)を申請すれば、発行してくれることも多いもの。そのため、妻が「900万も稼いでいるなら、もっと貯め込んでいるでしょ?」と詮索される可能性は十分にあります。
洋介さんが「これ(夫婦用の貯金)で全部だ」と言い張っても、すでに2人の間に信頼関係は存在しないので疑心暗鬼の妻が「嘘つかないで」となった場合、離婚協議の結論はより見えなくなってしまいます。結局、妻が洋介さんの「隠し財産」に勘付く前に話をまとめるのが肝要でしょう。
2つ目は「慰謝料の請求」です。
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結婚期間中に受けた精神的苦痛の対価を金銭という形で弁償するのが慰謝料です。洋介さんは妻の家事放棄や不貞行為、財産毀損などにより精神的苦痛を強いられてきたのだから、本来、妻に対して慰謝料を請求しても良さそうです。
しかし、妻の性格を考えれば「慰謝料」という三文字を口にした途端、逆に妻が洋介さんへ慰謝料を請求してくることも予想されます。
洋介さんも決して聖人君主ではなく、妻目線に立てば多少の非はあります。例えば、不妊治療に協力しない、夕食の時間に帰宅しない、一緒に食事をしないのに料理を用意させる、妻とすれ違わないよう外出時間をずらす……などです。
性格や価値観、考え方がかみ合わない夫婦が「どちらがどのくらい悪いのか(責任の所在)」を擦り合わせることは困難です。
洋介さんが「お互い様じゃないか」と弁解しても、妻が「あんたが悪い!」と言い続ければ終わりなき旅へと出発します。このように考えると本当に慰謝料を請求するのではなく、「本当は慰謝料が発生するけれど、慰謝料を払わなくてもいいから今すぐ離婚して欲しい」と提案するのが得策でしょう。

最後は「滞納分の再差押」です。
じつは「本当に滞納分はこれで全部か?」と、洋介さんは気になって仕方がなかったそうです。
ところで、郵便局員が自宅のポストに郵便物投函するのは11時~12時の間。そこで洋介さんは平日に何度か有給休暇をとりました。朝7時に自宅を出ると会社へ向かわずに時間を潰し、11時30分に自宅へ戻ってきました。案の定、妻は家におらず、別宅で過ごしているようです。
そんな3回目の有給のときですが、洋介さんがポストの中に手を突っ込むと複数の郵便が届いていました。いつ妻が戻ってくるか……洋介さんは震える手を押さえつつ、郵便を仕分けると差出人が市役所、宛名が妻という封筒を発見しましたが、それはまさに督促状でした。
3ヵ月分の住民税、健康保険料の納付書が同封されていたので、妻は300万円とは別に3ヵ月分を滞納していたことが明らかになったのです。いつまでも離婚の話がまとまらず、夫婦用の貯金が「妻名義」のままだと、追加で3ヵ月分を差し押さえられ、ますます残高を減らすことになるのは目に見えています。
もちろん、差し押さえられる前に残高を引き出したり、洋介さん名義の口座へ移し替えれば良いのですが、いかんせん、口座は妻名義です。
資金移動には妻名義の通帳やキャッシュカード、銀行印が必要です。

これらは妻が管理しており、妻は洋介さんに追加の滞納分を払わせたいので、洋介さんが頼んでも渡してくれないでしょう。残念ながら、洋介さんはATMの暗証番号やインターネットバンキングのパスワードを知りませんでした。
最終的に夫婦の貯金は「夫の財産」だと確定しても、さらに残高が減るようでは困ります。洋介さんは市役所からの差押が来る前に何とかしなければならず、一刻の猶予もなかったのです。
洋介さんの場合、上記の1から3の心配を払拭するため、離婚協議書を作成したうえ、「清算条項」を盛り込みました。清算条項とは離婚後、お互いに追加で慰謝料、財産を請求しないという約束です。
前述した1から3について、じつはこの清算条項によってすべて解決します。
まずは「別の財産の分与」ですが、清算条項の効果で妻は洋介さんに対する財産分与の請求権を失います。これは夫名義の財産は離婚後、夫のものとして確定するという意味です。
「妻は夫に財産を請求しない」「夫は妻に慰謝料を請求しない」と1つ1つの請求権を挙げるのではなく、すべてを一括りにして「一切、請求しない」と書くわけです。
もし、文中に財産の一覧を書けば、妻が「もっと取れる」と気付き、洋介さんの被害が拡大するでしょうが、財形や保険、車などを羅列しないので大丈夫です。そのため、妻が後日「そういえば会社で財形やってたよね?それって結婚期間だから私にも権利があるんじゃないの?」などと蒸し返してきても、洋介さんは清算条項を理由に断ることができるのです。

次に「慰謝料の請求」ですが、これも「妻の夫に対する請求権の放棄」だけで済めば良いのですが、一方的に不利な一文に妻が納得するとは思えません。そのため、洋介さんが妻に対する慰謝料を放棄する代わりに、妻も洋介さんに対する慰謝料を放棄するという痛み分けになるのは仕方がありません。
「最近、羽振りがいいらしいじゃん。実は貯金を隠したでしょ?彼とも別れちゃってさ。お金に困っているんだよね」――そんなふうに離婚後、妻が金の無心をしてきても洋介さんが清算条項を理由に突っぱねることができます。
最後は「滞納分の再差押」ですが、原則、滞納者(妻)名義の口座だけです。現在、妻の口座に入っている300万円を洋介さんの口座に移しておけば正式に300万円は洋介さんの財産となります。
そのため、妻が「私が税金払えなくなったのは私の居場所を奪って追されたからでしょ。あんたのせいなんだから耳を揃えて払ってよね!」などと無理難題を押し付けてきても「それって自業自得でしょ!」と門前払いをすることができます。
このように洋介さんは3つの切り口を伝えた上で「もう離婚は確実なんだから早く楽になろうよ。これ以上、罵り合ってもお互いのためにならないだろう。こんなふうに別れるんだから、俺の方から連絡をとらないし、これからの人生で接点がない相手なんだから不毛だろ?」と投げかけたのです。
洋介さんの懇願が妻の心に響いたのか、ようやく金の切れ目が縁の切れ目だと悟ったのか、はたまた早く彼と一緒になりたかったのか、今となっては定かではありませんが、最終的に妻は洋介さんの用意した離婚協議書と離婚届に署名したのです。
結局、洋介さんは妻との押し問答の末、得られたものはありませんが、強いて言うなら出血を300万円に抑えることができたのは収穫と言えるでしょう。
最後に質問です。この数字が何なのか分かりますか?
1年未満 140万円1~5年 199万円5~10年 304万円10~15年 438万円15~20年 534万円20年以上 699万円

夫婦が離婚する場合、全体の48%は慰謝料や財産分与などお金の条件を取り決めるのですが、前述の数字は結婚期間別の平均値です。
しかも、夫が妻へ支払ったのは全体の91%ですが、逆に妻が夫へ支払ったのはわずか9%に過ぎません(平成10年の司法統計年報。「離婚 離縁事件実務マニュアル」ぎょうせい・東京弁護士会法友全期会家族法研究会・編から引用)。
あなたが既婚者で結婚5年目。手持ちの貯金がたったの300万円だとしたら、万が一、離婚せざるを得なくなった場合、「何もしなければ」ほとんどの財産を失うことを意味します。
結婚10年目なら438万円、15年目なら534万円ですが、いずれも100万円単位なので決してはした金ではありません。あきらめるのは簡単ですが、洋介さんのように最後まで頑張るのも選択肢の一つなのです。