安倍晋三政権で、外交・安全保障政策の要を担ってきた谷内正太郎・国家安全保障局長が退任し、後任に北村滋・内閣情報官が就任する見通しだ。「外務省の地盤沈下」を象徴する人事になりそうだ。
国家安全保障局長とは、どんな仕事か。
局長は「内閣官房の調整権限を使って、外交・防衛政策の基本方針・重要事項を企画立案・総合調整する国家安全保障会議をサポートする」役割を担っている(首相官邸ホームページ)。
一般に「外交は外務省の専権事項」と思われがちだが、実は、首相が議長を務める国家安全保障会議(NSC)が最高の意思決定機関であり、「国家安全保障局長は事務方トップ」という位置付けである。
私がこの人事で思い出したのは、マイク・ポンペオ米国務長官だ。ポンペオ氏は前職が中央情報局(CIA)長官だった。情報畑出身者が外交・安保の重要ポストに就くのは、異例ではない。
とはいえ、外務省は面白くないはずだ。これまで、外務省出身の谷内氏が局長を務めていたから、「外務省と国家安保局長は一体」というイメージが強かった。そこに、警察庁出身の北村氏が就くとなると「ポストを奪われた」と感じてもおかしくない。
兆候はあった。韓国に対する報復問題である。
安倍官邸は「いわゆる徴用工問題」で韓国への対抗措置を検討したが、外務省の頭越しに、輸出管理強化という答えを出したのは、経産省だった。
伝統的な外務省サークルには、いまも釈然としない思いが残っている。「あそこまで韓国を追い込んでしまったら、外交が成立しない」とか、「首の皮一枚、残すべきだった」というのだ。
それは「外務省という役所」の限界を示していないか。外務省は、あくまで「いま、そこにある政権」を相手にしている。役所であれば、それは当然でもある。
だが、文在寅(ムン・ジェイン)政権の韓国は、そもそも話し合いが成立する相手なのか。文氏は最近も「日本は経済報復の理由も明らかにしていない」とか、「一度合意したからといって、すべてを終わらせることはできない」などと言い放っている。
何度も政府が説明してきたように、日本が輸出管理を強化したのは、韓国の管理がいい加減で、安全保障上の懸念があるからだ。そんな説明に聞く耳を持たないどころか、国のトップである大統領が国家間の合意を公然と否定し、居直るようでは、日本が相手にできないのは当然だ。
となると、安倍政権は相手が改心するまで、放置するしかない。
私は「それも外交のうち」と思うが、「交渉がすべて」と考える伝統的官僚は、受け入れがたいのだろう。交渉こそが外務官僚の存在証明であるからだ。
韓国だけではない。中国を含めて、東アジアは前例のない大激動期を迎えている。韓国のトンデモ政権には「戦略的無視」、中国の微笑外交には「相手を上回るズルさと警戒心」が必要だ。「情報と諜報のプロ」は、そんな政策立案に適任かもしれない。
■長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ) ジャーナリスト。1953年、千葉県生まれ。慶大経済卒、ジョンズホプキンス大学大学院(SAIS)修了。政治や経済、外交・安全保障の問題について、独自情報に基づく解説に定評がある。政府の規制改革会議委員などの公職も務める。著書『日本国の正体 政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)で山本七平賞受賞。最新刊に『明日の日本を予測する技術』(講談社+α新書)がある。