ゴーン会見「2017年以降、日産の成長は止まった」はなぜ詭弁なのか

「2017年以降、株価は下がって、(日産、ルノー、三菱の)3社連合の成長は止まった。私がCEOで居られたのは業績が良かったからだ。2018年以降はトップマネジメントに不安があった」
1月8日午後10時(日本時間)、国外逃亡した日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告がレバノンで開いた記者会見にて語った、この言葉が最も印象に残った。なぜならゴーン被告の狡猾さを象徴しているからだ。
今回はスタイリストが付いたのだろうか
筆者は、あるテレビ局のモニターで同時通訳付きの会見を見た。
紺色のスーツに、ピンク色に近いようなネクタイの、ビシッとしたいで立ちでゴーン被告は現れた。
今回はスタイリストが付いていたのだろうかと、ふと思った。ゴーン被告は、日産の経営トップ時代、モーターショーのプレゼンテーションの前には、スタイリストを付けて、念入りに「自分がどう見られるか」をチェックしていたからだ。
「ゴーン氏は業者に複数のスーツを持ってこさせ、念入りに選びます。気に入ったものを1着選び、残りは会社の経費で買ったものでも自宅に持ち帰っていた」(日産関係者)
日産低迷の大きな要因は2つある
この発言でゴーン氏が言いたかったことは、おそらくこうだろう。
「日産と検察が結託して陰謀、クーデターによって私を追い落としたものの、企業にとって肝心の業績は落ち、株価も下がって株主に迷惑をかけている。私が経営トップにいたらこうした事態にはならなかった」
一部の株主らゴーン氏の支持者と見られる人たちからも「ゴーン氏がいればこんな業績にはならなかった」といった声も出ている。果たしてそうなのか。
確かに、日産やルノーの業績は落ち込み、株価も低迷している。その大きな要因は2つある。収益源だった米国で稼げなくなったことと、新興国向けブランド「ダットサン」の不振で、過剰設備を抱えていることだ。
さらに要因を突き詰めていくと、アライアンスを結ぶ日産、ルノー、三菱自動車の3社が世界一の自動車メーカー連合になるべく、販売台数だけを増やしていく無謀な拡大戦略をゴーン氏が推進したからだ。ゴーン氏は2017年9月、パリで記者会見し、3社の合計販売台数を2022年までに世界トップに躍り出る1400万台に拡大させる「アライアンス2022」と呼ばれる中期経営計画を発表した。
主要市場の米国で値引きしないとクルマが売れない
この1400万台のうち900万台を共通のアーキテクチャーで生産することで量産効果を生み出し、エンジンも31種類あるうち21種類を共通化することなどによって、開発投資の重複を避けてシナジー効果を生み出すことを狙った。
ゴーン氏は2017年4月、日産社長兼CEOのポストを西川廣人氏に譲り、自身は「アライアンス会長」という名刺を持ち、3社の司令塔、すなわち最高権力者の地位にあった。打ち出したアライアンスの中期経営計画は一見、立派な成長戦略に見えたが、その実態は、新車にかける開発投資を絞り、早く安く、チープなクルマを量産していくことだった。
この結果、日産は主要市場の米国で値引きしないとクルマが売れなくなり、値引きして販売した新車が大量に中古車市場に流れたことで中古車価格も落ち、それがさらに新車価格をも落とす悪循環に陥った。完全にゴーン氏の戦略の誤りと言える。同様に「ダットサン」も商品力が弱く、インドやインドネシアではまったく売れず、失敗プロジェクトに終わった。
「陰謀やクーデタ-」であることを強調したが……
失敗が露呈する前に、言い方を変えれば業績が落ち始めるのは分かったうえで、執行のトップである日産社長兼CEOというポストを西川氏に譲ったのである。本質的な原因を追求しない人からすれば、2017年4月以降は西川氏が社長なのだから、業績悪化は西川氏の責任ということになる。こうした点が筆者の指摘するゴーン氏の狡猾さだ。
また、記者会見では、ゴーン氏はこれまで通り、日本の司法制度の「不公正さ」などを指摘。保釈後もキャロル夫人との面会が禁止されたことが人道上問題であることにも言及した。確かに、日本の司法制度は「人質司法」などと指摘され、勾留期間が長いと批判されることもある。この問題は、ゴーン氏の事件だけにあてはまることではない。
司法制度への批判は、ゴーン氏自身がやった不正や不法行為を覆い隠すため、あるいは論点をすり替えるための詭弁に過ぎないと感じた。報酬の虚偽記載や特別背任など刑事事件として立件された経緯についても「陰謀やクーデタ-」であることを強調した。
筆者は、ゴーン氏の事件がクーデターか否かと聞かれれば、「クーデター」と答える。クーデターの解釈はいろいろあるが、ゴーン氏の側近らが不正調査を行い、私的流用を突き止め、司法取引に応じ、検察と協力して立件したことは間違いなく、結果として「部下に刺された」形になるからだ。
事実を覆い隠そうとするためではないか
特別背任は権力者による犯罪である。こうしたケースでは、内部通報、司法取引、密告などの手段で事件が露呈する。権力者は、不正を覆い隠せるほどの力を持つから、こうした手段が用いられる。司法取引も、トカゲのしっぽ切りにならないようにするための制度だ。
肝心なことは、手段ではなく、犯罪事実があったかどうかだ。ゴーン氏が陰謀やクーデターをことさら強調するのは、事実を覆い隠そうとするためではないかと見えてしまう。事実認定を争う裁判では勝ち目がないと見て、ゴーン氏は逃亡したのではないか。
ゴーン被告のプレゼンの特長の一つは、得意げな表情で身振り手振りを交えながらまくしたてるように、語ることだ。
筆者はゴーン被告に何度もインタビューしているのでその光景を何度も間近に見てきた。
親しい記者には「Oh! My Friend」
今回もそれには変わりはなかったが、二つ違うことがあった。まずは、表情が暗かったし、眉間にしわが寄っていたことだ。「私にとって今日は大切な日」と言ったゴーン被告だが、なんだかいら立っているように見えた。その理由は分からない。
続いて、2時間25分もの間多くを語りながら、中身が薄かったことだ。ゴーン被告が経営トップ時代、30分のインタビューで原稿用紙10枚分の原稿が書けるほど中身が濃密なことが多かった。自分への嫌疑について、詭弁と論点すり替えの連続だったからだろう。
一方、相変わらずだったこともあった。ゴーン被告は親しい記者には「Oh! My friend」とか「I know your face」と言うことがある。
昨日の会見でも、「Oh! My friend」、「私はあなたがBBCの記者だと知っている」と言っていた。自分に友好的なメディアを選別したことは分かっていたが、その発言からも感じ取れた。無罪や日本の司法制度の課題を主張するのであれば、オープンな記者会見にすべきだった。不都合なことを聞かれたくないから、ゴーン氏側でメディアを選別したのであろう。
繰り返すが、今回のゴーン氏の記者会見からは、狡猾、詭弁、論点のすり替え、メディアの選別といった悪いイメージしかない。筆者はゴーン氏の経営者としての実績を否定するつもりは毛頭ない。日産を再建した功績も否定しない。しかし、今回の記者会見の内容は、これまでのゴーン氏の「看板」をさらに汚すものになったと筆者は感じる。
(井上 久男)