海賊版サイト「漫画村」運営者を警察よりも先に見つけた“天才少年ハッカー”とは

人気漫画の海賊版を無断で掲載していた国内最大規模のサイト「漫画村」の元運営者とされる男が2019年9月、警察に逮捕された。5万点以上の漫画や雑誌が違法アップロードされ、1カ月の訪問者がのべ1億人を超えていたとされる。
出版社や作家に多大な損害を与え、国がサイトの強制遮断措置まで検討するきっかけを作ったのが漫画村だった。サイトは2016年1月から2年ほど運営されていた。たとえ国家権力が乗り込んでも契約者の情報を決して明らかにしない、ウクライナにある特殊なサーバーから発信されていた。運営者の特定は困難とされ、出版社が手をこまねいていた。
漫画村を追い詰めた「20歳のホワイトハッカー」
ところが2017年7月、運営者とされる男の存在を独自の調査で明らかにした若者がいた。当時20歳になったばかりのホワイトハッカー、通称「Cheena」(チーナ)と呼ばれる男性である。
彼はネット上に点在する情報の断片を丹念に集め、漫画村の実態に少しずつ迫っていった。驚くべきは、情報源が全てオープンなものばかりだったことだ。調査手法は国家の諜報機関が重視する「OSINT」(Open source intelligence)に近い。そんな卓越した分析能力を当時、筆者は目の当たりにしていた。
日本の公安関係者に彼の話をしたことがある。その人物は即座に「今すぐでも欲しい人材だ」と言った。一方で「公務員試験では決して採用されないタイプだ」とも口にした。
彼は中学1年で引きこもりとなり、ネットが社会との唯一の接点という少年時代を過ごした。自学自習で身につけた、ある種の尖った才能だった。
米国インテリジェンス企業が雇った日本の18歳専門学生
実は、彼のような「少年ハッカー」は日本中にいる。見た目は普通の10代が海外のハッカーと対等に渡り合い、サイバー攻撃を興味本位で分析する。国家を背景にした中国ハッカー集団に立ち向かうため、米国のインテリジェンス企業が雇ったのは、日本に住む当時18歳の専門学校生だった。
インターネットを取り巻く「技術」は国をまたいだ共通語である。言葉はGoogle翻訳があればどうにでもなる。誰にでも平等に開かれたネットの世界が、デジタルネイティブの若者たちをひきよせる。そうした才能をいち早く手に入れようと、米国政府や企業は貪欲に動く。米ラスベガスで毎年8月に開かれるハッカーの祭典「DEF CON」(デフコン)は、少年ハッカーの草刈り場でもある。
日本でも経済産業省の外郭団体が主催する、主に中高・大学生の若者たちを集めた集中合宿「セキュリティ・キャンプ」が毎年夏に開催されている。2018年からトヨタ自動車がスポンサーに名を連ね、セキュリティ業界の話題となった。自動運転にかかせない「コネクテッドカー」時代の到来を前に、セキュリティ対策は喫緊の経営課題となっている。自動車のハッキングは命に直結するからだ。
トヨタがこうした舞台に出てきたのは、新卒の定期採用では、いわゆる「規格外」の尖った人材が網にかからないという問題意識があったようだ。
闇落ちした「天才少年ハッカー」
取材で知り合った少年ハッカーの中には、社会との接点に乏しかったり、人間関係を遠ざけたりする傾向が目立った。学歴が低い子も珍しくない。家庭環境に何らかの問題を抱えていた子も少なくなかった。
小学生の頃にパソコンを与えられ、独学でプログラミングを覚えた、と言えば聞こえはいいが、要は親の目の届かないところでパソコン漬けの生活を送っていたのだ。なぜか母子家庭が多かった。
パソコン画面の向こうに広がるネットの世界は、魑魅魍魎の楽園でもある。子どもたちが好奇心で闇のハッカーコミュニティに迷い込み、気づけばサイバー犯罪に手を染めていた、といったケースは決して珍しくない。警察庁のまとめで、2018年に不正アクセスを犯して検挙された被疑者のうち、14歳以降の10代が約3割を占める。サイバー犯罪は他の犯罪と異なり、10代の割合が多いのが特徴だ。各国共通の深刻な問題である。
「天才少年ハッカー」が一転、闇に落ちるケースもある。2010年3月1日、韓国国内から大量のデータを一気に送りつけられる「DDoS攻撃」を受け、日本の省庁やネット掲示板は一時アクセス不能に陥った。これに妙案で対抗したのが、当時16歳の日本の少年だった。攻撃プログラムをハッキングして書き換え、韓国大統領府(青瓦台)をターゲットにしたことで、韓国側のサイバー攻撃を自発的にやめさせたのだ。
日本のネットユーザーから英雄視された少年はいま、あるサイバー犯罪で有罪判決を受けている。彼の家も母子家庭で、高校卒業後はウェブ制作会社の代表をしていた。だが、依頼を受けたターゲットにDDoS攻撃を仕掛ける「裏稼業」に手を染めていた。
彼とは高校時代に知り合った。会った時は礼儀正しく、ファミレスのメニューをみて目を輝かせ、言葉遣いも丁寧な好青年だった。「闇落ち」した少年ハッカーの中に、見るからにワルという人物は見たことがない。
冒頭で登場したチーナも実は、かつてプロのサイバー犯罪者が使うウイルスを自在に操るブラックハッカーだった。今は更生し、個人で仕事を請け負ったり、本を執筆したりと忙しい。ただ、こうしたケースは非常に稀だと言える。
少年ハッカーがネットの闇に落ちる「分水嶺」はどこにあるのか。10年近く取材を続ける今も、答えは見つからない。1つだけ言えるのは、尖った才能が評価され、社会から受け入れられたと感じた時、彼らは正しい道を歩き出すことだ。
日本に少年ハッカーを受け入れる土壌が必要だ。彼らの才能は画一的な人事評価や定期採用では見えてこない。才能に社会的価値を与え、活用する取り組みが国を挙げて求められている。
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