「新型コロナにBCGは有効?」「それでもWHOは信頼できる?」峰宗太郎医師に聞いてみた

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)とワクチンについて、巷では様々な情報が飛び交っている。私達はそれらとどう向き合えばよいのか。
アメリカ国立衛生研究所(NIH)でウイルスや免疫の研究を行う傍ら、Twitterでワクチン関連情報を積極的に発信し約5万人のフォロワーを誇る峰宗太郎医師( @minesoh )に聞いた。
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新型コロナに関するBCGワクチン研究、どこまで進んでいるの?
――BCGワクチンが新型コロナに対して予防効果があるのでは、と言われています。これは、本当ですか?
峰宗太郎医師(以下、峰)結論から言えば、現段階では分かりません。今、2種類の研究がなされています。まず、すでに存在するデータをもとに行われている研究。 簡単に言えば、BCGワクチンを過去に打っていたかどうかというデータと、現段階での発症率、感染者数を比較して相関があるかを見ているものです。
この種類の研究についての報告はすでにプレプリントというものが2本出ています。 1本は相関関係が見られた、もう1本は相関関係が見られなかった、と結論付けています。
――報道で目にしたことがあります。
峰 広く報道されましたよね。ただ、注意して欲しいのは、それらの報告はまだ「論文の下書き」に過ぎない、ということです。「査読」という専門家たちによるジャッジを経ていない。つまり、この研究がプロから見て出版に耐え得る質かはまだ分かりません。
――正確にはまだ「論文」になる前の段階なのですね。
峰 はい。それに、この種の研究は、因果関係を見ているとは結論できません。さらには、見つかった相関関係が、別の要因によって引き起こされた「偽の相関」である可能性や、ただの偶然である可能性が残ります。
――慎重に取り扱う必要がありそうです。
峰 もう1種類は、実際にBCGワクチンを打ってみて、打った人と打ってない人とで新型コロナへの感染率等が違うのかどうかを見ようという研究です。そこで感染率に差が出てくれば、BCGワクチンが新型コロナの発症抑制に関係があると推定できる。これはオーストラリアで始まったばかりで、結果が出るのに時間がかかるでしょう。
――SNSでは、ワクチンを打ってこなかった人たちが、報道を見てBCGワクチンに飛びついているという書き込みも増えています。成人がBCGワクチンに殺到すると、どんなデメリットがありますか?
峰 本来必要な乳幼児に届かないリスクが一番大きいです。BCGワクチンは乳幼児の結核への感染や重症化を防ぐためのものなのに、売れると見込んで囲い込みが起こり、既に出荷調整になっています。
「ワクチンができるまでに最大18カ月」の信ぴょう性は?
――今、BCGワクチンとは別に、新型コロナのワクチンが世界中で開発されていますよね。
峰 100カ所以上でやっていると思います。
――例えばWHOは、2月時点で「ワクチンができるまでに最大18カ月かかる」と述べています。こういった数字にはどの程度裏付けがあるのですか。
峰 根拠は薄いでしょう。「今までのワクチン開発に平均的にかかった期間を圧縮すると18カ月に抑えられる」という発想なんですが、実際に有効なワクチンができる保証はどこにもない。
――やってみないと分からないんですね。
峰 その通りです。研究開発は、ワクチンを打つと実際に抗体ができるのか、ワクチンの成分が安全か、有効かということを証明していくしかないんですね。全部の工程が最速で上手くいく保証はなく、どこかで引っかかることも、全くワクチンなんかできない可能性さえもあります。エイズのワクチンなどは、40年開発してまだできていないわけで。
危惧しているのは、ワクチンを開発している研究者の中にも、積極的過ぎるように見える人がいることです。
「一刻も早くワクチンを」という声を危惧する理由
――詳しく教えていただけますか。
峰 ワクチンは確かに素晴らしいものです。しかし誤った使い方をすれば害も生みます。だから、日本やアメリカでも研究成果を積み重ね、規制当局が慎重に時間をかけて審査するわけです。
ところが新型コロナが急速に感染拡大し、世間の声は「早くワクチンを」の一色になりました。実は研究者もそうなっちゃっている人がいて。たとえば、これまで一度も試されたことがないワクチンを世に出そうとする動きがあります。
――それは、どういったものなのですか。
峰 従来のワクチンには、ウイルスそのものを弱めたり不活性化したりしたものと、タンパク質をきれいに精製して作ったものがあります。これらは確立されたテクノロジーです。
ところが、従来とは全く異なる、これまで試されたことも、製品化されたこともないワクチンが開発されています。ウイルスの設計図を人に打ち込むことでワクチンにする、「mRNAワクチン」や「DNAワクチン」です。
今回の新型コロナの流行を受けて、副作用(や薬害)が出るかどうかさえまだ分かっていない新テクノロジーを「早く作って承認を受けて世に出そう」という研究者が沢山居るんです。今まで反ワクチン派に対して「安全性に配慮して慎重にやっている」と丁寧に発信してきた人達が、非常に前のめりになっている。
ワクチンを啓蒙するようになったきっかけ
――峰先生は、SNS上で積極的にワクチンについての啓蒙をされています。ワクチンの安全性を発信する活動を始められたきっかけは?
峰 私は「病理医」といって病気の診断を主な仕事とする医者ですから、病気で亡くなった人の解剖を多くするんです。女性の解剖も多くやってきたのですが、子宮頸がんの方がすごく多くて。
子宮頸がんは、1年間に日本人1万人が発症して3,000人が亡くなる病気です。約95%がHPVというウイルスが原因で起こりますが、ワクチンを打てばかなりの割合ががんにならずに済む。ところが、日本での接種率は0.3~0.6%。先進国中最低です。
――それはなぜですか。
峰 国が積極的勧奨をしていないからです。こういった状況を見て、「ワクチンをぜひ打ちましょう」という活動を始めました。私も研究者として「安全で確実なワクチンを普及させるために正しい情報を届けねば」という使命感があったので。
そうしたら、反ワクチン派とバトルするような流れになってしまいました。彼らは国会議員に加え、HIV・肺がん・肝炎などの薬害に取り組んできた弁護士も巻き込んだ運動体になっています。
――お住まいのアメリカでの反ワクチン運動の状況は?
峰 日本よりもすごく激しく、お金も政治力も非常にあります。
他方で、ワクチンを推進する声も明確に出ている。日本の厚労省に当たる保健福祉省や疾病予防管理センターなどの規制当局も、製薬会社も「ワクチンはとても効果的だから打とう」という推奨をバンバンやっています。
――新型コロナを機に、米国でのワクチンの捉え方に変化は?
峰 反ワクチン派は、体感的にはアメリカでも少しなりを潜めています。逆に、なぜかBCGワクチンを打ちたがっています。日本の状況と似ていますね。
高まるWHOへの不信感、どう捉えればいい?
――新型コロナへの対応を巡り、今WHOへの不信感が非常に高まっています。今回のWHOの動きをどう評価していますか?
峰 実務面と政治面の評価は分けて考えねばならないと思います。WHOの専門家集団が出す情報は、非常に透明性・信頼性が高いですし、大きなネットワークを活かし各国政府と連携して情報のやり取りを非常にうまくやっていると思います。
他方、WHOも人間社会で活動する以上、当然パワーゲームも政治もある。その部分をうまく舵取りできなかった点は反省すべきだと思います。現場がしっかりやっているのに上が政治色を出してしまっている。政治的になりすぎないことが大事だったと思います。
――今まで、医療デマに対してWHOの公式見解を引用することは非常に威力がありました。しかし今後、標準医療を批判する人々が「新型コロナの時の対応を見ろ。WHOなど信用できない」と言い出すことも懸念されます。
峰 大事なのは、政治領域への評価とは切り離して、WHOの専門家がまとめていることや行っている運動はしっかりしたものだということです。
もっとも、今回の件によって今までWHOを信用していた人が反対に転ずる、というのは少ない気もします。元々WHOを信用していなかった人が更に不信感を強めるということはあるかもしれません。
感染症の流行は今後も起こる
――新型コロナのような感染症は今後増えていくのでしょうか。
峰 新興感染症は今後も確実に起こるでしょう。どのぐらいのスパンかは分かりませんが、日本に大地震がまた来るのと同じように起こる。だから感染症の研究や制御にはお金を入れ続けないと、何か起こった時に今みたいに大変なことになります。
人類史の中で一番多い死因は、老衰でもがんでもなく、感染症です。それが、抗生物質やワクチンができてガクンと減り、段々と人々が油断してしまった。「感染症なんて起こるのは貧困国であって、先進国ではもう起こらない」といった空気があったんです。
私が属する研究機関でも、認知症、がん、薬物依存等に重点が置かれ、感染症領域は予算が絞られてきました。日本も同じ状況です。新型コロナは、人類が「感染症を忘れちゃいけない」という事を見直す機会になりました。
――専門家ではない私達一般市民がWHOの信頼できる情報にアクセスしたい時に、おすすめのページはありますか?
峰 WHO神戸センターというところが日本語の公式ページを持っていて、そこに新型コロナウイルスについての 特設ページ があります。先ほども言った通り、WHOの専門家の情報発信はしっかりしているので、個人レベルでも安心を得るために有効活用してほしいです。
――最後に、先生がTwitterで「ばぶ」という言葉を多用される理由は?
峰 元々研究者の間での渾名が「赤ちゃん」だったんです。見た目が赤ちゃんぽいし、しょっちゅう駄々こねてるので。
赤ちゃん言葉なら角を立てずに話しやすいですしね。赤ちゃんになって約2年半経つので、たまに真面目なメールに間違えて赤ちゃんマークを付けて送ったりします(笑) 。
(ダブル手帳)