「人権のイデオロギー化」が招く地政学的危機 正義よりも共感による対話の制度的枠組みを

リベラルな国際秩序を支えてきた「覇権国」アメリカの力が低下しつつある。ひるがえって、中国やロシアといった権威主義的国家の国際的影響力が増しつつある。このような状況下で、いかに「自由」と「民主主義」を構築・担保していくのか。 このたび上梓された『新しい地政学』の執筆者の1人である熊谷奈緒子氏が、「人権」というアングルから読み解いていく。 ■リベラルな国際秩序の危機 安定と繁栄をもたらしてきたリベラルな国際秩序は、危機に直面している。それは民主化が進まなかったロシアや中国の地理的拡張であり、またリベラルな国際秩序を支えてきた覇権国アメリカの意志と能力の相対的低下でもある。 さらに、新たな危機として、人権のイデオロギー化がある。人権の国際社会における普遍化に伴い、多様な人権救済が唱えられ、また制度化されたが、その中で急進的な人権救済の動きが出てきた。 しかし、過去の人権侵害や戦争犯罪に対しての刑事司法的解決は、当該国の政治的・歴史的背景や、平和構築期における社会状況を顧みないゆえに、必ずしも効果的ではなかった。植民地責任問題や歴史認識問題での、実現可能性を越えた国家補償要求は、国家間対立を深めた。 確かに、多大な犠牲と努力の下に普遍化した人権規範は尊い。歴史的不正義を是正する動きは、抑圧されていた被害体験の記憶の噴出であり、一部の政治利用があるとはいえ、多くの被害者にとっては正義の追求である。しかし、人権のイデオロギー化は、人権規範自体を危うくし、社会対立を深め、リベラルな国際秩序の安定への脅威ともなる。 本稿では、人権のイデオロギー化を改めて把握し、人権のイデオロギー化をいかに防ぎ、リベラルな国際秩序と人権規範を守ってゆくかを考える。 人権のイデオロギー化は、主に2つの意味を持つ。 第一に、強い被害者意識や正義感から生まれる人権救済主張が、法の支配を軽視した突出した要求、もしくは応報的正義に偏重した要求となることがある。 そして、第二に、被害者意識が権力的意思を帯び、または、被害者の代弁者が、被害者意識を人権の名の下に政治的に利用する状態がある。政治的目的を帯びてのイデオロギー化した人権はときに過激化し、人権政策の実現性、社会的影響についての判断力や責任を伴わない。 まず、強い被害者意識は、時に被害の規模や質を競い、主張に反する事実を顧みず、主張に沿う事実のみを強調する傾向をもたらし、他者の人権を侵害することもある。

リベラルな国際秩序を支えてきた「覇権国」アメリカの力が低下しつつある。ひるがえって、中国やロシアといった権威主義的国家の国際的影響力が増しつつある。このような状況下で、いかに「自由」と「民主主義」を構築・担保していくのか。
このたび上梓された『新しい地政学』の執筆者の1人である熊谷奈緒子氏が、「人権」というアングルから読み解いていく。
■リベラルな国際秩序の危機
安定と繁栄をもたらしてきたリベラルな国際秩序は、危機に直面している。それは民主化が進まなかったロシアや中国の地理的拡張であり、またリベラルな国際秩序を支えてきた覇権国アメリカの意志と能力の相対的低下でもある。
さらに、新たな危機として、人権のイデオロギー化がある。人権の国際社会における普遍化に伴い、多様な人権救済が唱えられ、また制度化されたが、その中で急進的な人権救済の動きが出てきた。
しかし、過去の人権侵害や戦争犯罪に対しての刑事司法的解決は、当該国の政治的・歴史的背景や、平和構築期における社会状況を顧みないゆえに、必ずしも効果的ではなかった。植民地責任問題や歴史認識問題での、実現可能性を越えた国家補償要求は、国家間対立を深めた。
確かに、多大な犠牲と努力の下に普遍化した人権規範は尊い。歴史的不正義を是正する動きは、抑圧されていた被害体験の記憶の噴出であり、一部の政治利用があるとはいえ、多くの被害者にとっては正義の追求である。しかし、人権のイデオロギー化は、人権規範自体を危うくし、社会対立を深め、リベラルな国際秩序の安定への脅威ともなる。
本稿では、人権のイデオロギー化を改めて把握し、人権のイデオロギー化をいかに防ぎ、リベラルな国際秩序と人権規範を守ってゆくかを考える。
人権のイデオロギー化は、主に2つの意味を持つ。
第一に、強い被害者意識や正義感から生まれる人権救済主張が、法の支配を軽視した突出した要求、もしくは応報的正義に偏重した要求となることがある。
そして、第二に、被害者意識が権力的意思を帯び、または、被害者の代弁者が、被害者意識を人権の名の下に政治的に利用する状態がある。政治的目的を帯びてのイデオロギー化した人権はときに過激化し、人権政策の実現性、社会的影響についての判断力や責任を伴わない。
まず、強い被害者意識は、時に被害の規模や質を競い、主張に反する事実を顧みず、主張に沿う事実のみを強調する傾向をもたらし、他者の人権を侵害することもある。