電線にぶら下がる布団、駅の壁貫く流木 流された経営者、店も跡形なく 熊本・球磨

熊本県南部を中心に甚大な被害が出た九州豪雨で、同県球磨(くま)村では市町村別で最悪の24人(13日現在)が死亡した。国道219号などが寸断され、アクセスが困難になった村中心部の一勝地(いっしょうち)地区に12日、記者が入ると、言葉を失うような光景が広がっていた。
JR一勝地駅の周辺は、村内唯一の中学校や、球磨川を挟んで対岸の渡地区にある役場など、村の主要機能が集まるが、氾濫で電気、水道、通信を含むインフラが断絶。村は災害対策本部を村東端の高台にある総合運動公園に移した。
平時なら隣接する同県人吉市の中心部から一勝地までは国道219号で約10キロ、車で20分程度の道のりだ。だが、現在は林道を大きく遠回りしなければならず、約1時間20分もかかった。その狭い林道の脇はあちこちで土砂崩れが起きており、住民が乗っているとみられる軽トラックとすれ違うたびにひやりとする。
四輪駆動車で何とか一勝地に入ると、片付けをしている長船(おさふね)純一さん(70)に出会った。自宅は高い場所にあり球磨川の氾濫による被災を免れたが、自宅より下にある車庫のシャッターは水圧で折れ曲がり、冠水した軽乗用車と軽トラックはエンジンがかからなくなった。
記録的な豪雨に見舞われた4日から数日間は電気も水道も止まった。飲料水は山水しかなく、被災直後の夜は90歳の母と1杯のカップ麺を分け合った。「お袋を食べさせないといけないし、薬のことも心配。車が壊れ、移動手段もない。今は生き延びるのに精いっぱいだ」。長船さんは疲れをにじませて語った。
そこから先は道路の損壊で車は通れず、球磨川に沿って歩きながら約5キロ下流のJR球泉洞(きゅうせんどう)駅を目指した。いたるところで斜面が崩れ、頭上の電線には草や布団がみの虫のようにぶら下がっている。「こんな高さまで水が来たのか」と絶句した。線路や畑にはひっくり返った舟や、家屋から流れてきたと思われる冷蔵庫、衣服などが落ちていた。避難所になるはずだった集会所は窓が外れ、泥まみれの椅子や机が散乱。崩れた斜面には落下防止のワイヤロープに絡まって、かろうじて持ちこたえている車が見えた。
言葉にならない光景を見ながら約1時間歩き、球泉洞駅に着いた。地元住民や行楽客に親しまれた、駅前にあったはずの2軒の店は跡形もなく消え、基礎やタイル張りの玄関部分だけが見えていた。うち1軒は川口豊美さん(73)と姉の牛嶋満子さん(78)が仕出し弁当を提供したり、アユ釣りの季節には民宿もしたりしていた。テレビ番組で取り上げられる有名店で、川口さんは駅の掃除を自ら買って出ていた。川口さんは6日、牛嶋さんは8日、約40キロ離れた八代海で見つかり、共に死亡が確認された。もう1軒も食料品や生活雑貨を販売する住民にとってなくてはならない商店だったが、ここの経営者一家も流されたとみられる。
濁流にえぐられた球泉洞駅の駅名表示は「球」の字が無くなり、複数の柱がへし折られ、壁を直径20センチほどの流木が貫いていた。
誰かが供えたのだろうか。一部が崩落したホームのベンチには花とまんじゅう、ブドウ、缶コーヒーがひっそりと置かれていた。【一宮俊介】