車もボランティアも入れぬ泥だらけの集落 道路寸断し孤立「人手ほしい」熊本・芦北

九州豪雨は熊本県南部を中心に甚大な被害をもたらした最初の豪雨から半月が過ぎた。少しずつ日常生活を取り戻しつつある被災地がある一方で、道路が寸断され孤立状態が解消されない一部の集落は復興から取り残され、先が見えない日々が続く。球磨川が氾濫した熊本県芦北町の白石地区もその一つで、車もボランティアも入れない泥だらけの集落で住民たちが疲れ切っていた。
白石地区は、球磨川の左岸側を走る県道沿いに19世帯45人が暮らす小さな集落だ。集落への唯一のアクセスでもある県道は、球磨川の護岸もろとも数十メートルにわたって崩落した。このため今も集落の約2キロ手前までしか車が入れず、芦北町によると復旧に1~2カ月かかる可能性があるという。
17日、徒歩で集落に入ると、泥で覆われた狭い県道の両側に、冷蔵庫やタンスなど泥だらけの家財道具が山のように積まれていた。濁流に流された何台もの自動車が横倒しになったり、電柱に引っかかったりした状態で放置されている。
一人で自宅の片付けをしていた50代の女性に声を掛けると、1階の天井近くまで水が来たという。一時は高台に避難したが戻り、無事だった2階で今は寝泊まりしている。息子と2人で1階の泥をかき出すのに10日以上かかったが、小屋や床下にたまった泥は手つかずのままだ。「泥はやっぱり重いんですよ。本当に疲れた」
記録的な豪雨となった4日、区長の川口重行さん(72)は、未明から別の住民1人と地区内の家々を一軒ずつ回って起こし、避難を呼びかけた。住民たちは当初は公民館に身を寄せた。集落は20年ほど前に数メートルかさ上げしていたが、みるみる水位が上昇し、住民たちは少し高い場所にあるお堂、次いで高台にある川口さん所有の空き家へと移動した。迫る水に追われながら急傾斜を上って逃げなければならず、住民は視覚障害がある男性をかついで上がった。奇跡的に1人も犠牲者が出なかったが、平屋の住宅はほぼ水没した。
数日後、徒歩で集落に入った自衛隊が視覚障害のある男性と病気の高齢者を担架で運び出した。他に避難が必要な高齢者がヘリで救助されたのは豪雨から8日後。町からは全員避難を提案されたが、大半の住民はとどまることにした。「家も10年前に新築したばかり。ほったらかしにできんでしょう」。自身も残ることにした川口さんは「みんなに『避難しろ』とは言い切れなかった。個人個人に判断してもらうことにした」と語る。
集落には自衛隊などが食料や飲料、ポータブルトイレなどを持ってくるが、シャベルなど泥出しに必要な物資は住民たちが約10キロ離れた町まで取りに行く。芦北町の社会福祉協議会が設置しているボランティアセンターからも「安全性を確保できない」という理由でボランティアは派遣されていない。食料支援を除くと、川口さんが把握する限り個人的に来てくれたボランティアが数人いるくらいで、泥出しや片付けは自分たちでするか、親戚らに頼るしかない。
「ボランティアはほしいですよ。人が来ないからこの地区は単独で動いとるようなもんです」。川口さんが悲痛な声を上げた。【加藤小夜】