手話の習得が聴覚障害のある子供の脳機能・言語力の適正な発達に有効であると証明するための研究を今夏、大阪のNPO法人「手話言語獲得習得支援研究機構(通称・NPOこめっこ)」がスタートした。手話は法律では言語と認められているが、かつて使用が禁じられた時期もあり、学習指導要領にも明記されていない。同NPOは「手話が真の意味で言語と認められ、習得の機会が確保されるようにしたい」としている。(藤井沙織)
「かずきくんの家は、どの色のドアだと思う?」。大阪市内の福祉センターに7月4日、聴覚障害のある未就学児7人が集まった。聴覚障害のあるスタッフが絵本を読んで手話で語りかけると、子供たちも手話で「みどり」「きいろ」と答え、手話でのおしゃべりを楽しんだ。
未就学児とその保護者らが遊びを通して手話の獲得を促す交流会「こめっこ」。聴覚障害者に乳幼児期からの手話の習得機会を確保することを規定した大阪府の「手話言語条例」に基づき、平成29年6月にスタートした。月2回開催され、3年間で延べ約2千人の子供が参加してきた。
こうした交流会が必要となる背景には、23年施行の改正障害者基本法で手話が言語だと明記されているにもかかわらず、習得の機会が法的に保障されていない現状がある。保護者が手話を使えない場合、子供は自然には手話を覚えられない。その上、学習指導要領は視覚障害者への点字指導については記す一方、手話には一切触れていない。
こうした状況を、NPOこめっこのスーパーバイザー、河崎佳子(よしこ)・神戸大大学院教授(発達臨床心理学)は「聞こえない人が100%理解できる言語は手話。母語として幼いころに身に着けないと、思考力や心理の発達に支障が生じる可能性もある」と懸念する。
手話の習得が点字のように保障されないのは、手話よりも相手の唇を読み、自ら声を出す「口話」が推奨された過去が影響している。1880年、国際会議で聴覚障害者には口話を教えるよう決議され、国内でも昭和初期から手話が禁じられた。決議は2010年に撤廃されたが、今も「手話では脳機能・言語力が適正に発達しない」「日本語の習得が阻害される」との考えが残っているという。
今回の研究では、幼少期に手話を習得したこめっこの参加者を6~10年にわたり追跡調査し、脳機能や心理の発達状況を研究する。手話によっても脳機能・言語力が適正に発達し、第二言語としての日本語習得にも生かされることや、学校でも手話による授業が必要なことの立証を目指す。
研究メンバーは河崎教授や酒井邦嘉(くによし)・東京大大学院教授(脳科学)、武居渡・金沢大教授(ろう教育学)ら6人。河崎教授は「手話の力が評価され、学習指導要領に手話の教育、手話による教育が明記されるようになれば」と話している。
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手話言語条例 手の形や位置、動きをもとに、表情も活用する独自の文法体系をもった手話を、音声言語と対等な言語として認め、普及させるための条例。平成25年に初めて鳥取県で成立し、全日本ろうあ連盟によると、今年7月末現在で356の自治体で成立している。規定は自治体によって異なり、29年に施行した大阪府の条例には、手話の習得の機会を確保することが全国で初めて盛り込まれた。
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人工内耳浸透も「手話は必要」
近年、聴力を補う技術は進歩し、マイクで拾った音を電気信号に変えて聴神経を刺激する「人工内耳」によって、重度の聴覚障害があっても音が聞けるようになった。だが、専門家は「手話で言語の基礎を身に付けておけば、音声による言語力の育成もスムーズになる可能性が高い」としている。
人工内耳の手術は現在、原則1歳(体重8キロ)以上で受けることができ、1歳児の手術件数は年々増加傾向にある。今回の研究メンバーで大阪市立大医学部付属病院の阪本浩一(ひろかず)病院教授(小児耳鼻科)によると、多くの場合は軽度難聴レベルまで音が聞こえるようになるという。
ただ、単語や文章、騒音下での聞き取りには個人差が出る。どこまで聞き取れているかの検査は3歳以上にならないと困難で、阪本氏は「まず手話で言語の基礎を身に付けておくことは有効だ」と指摘する。
河崎佳子・神戸大大学院教授は「100%理解できる手話で学び、人と関わる力を育むことが大切」と話し、音声による日本語とのバイリンガルを目指すことを推奨する。聴覚障害のある女児(5)の母親(40)は「娘は人工内耳の手術を受けたが、人が大勢いると聞き取れない。手話なら皆が何を言っているのか分かり、うれしいみたい」と話していた。