「あれでは政策提言どころではない」コロナ分科会委員が明かす“東京除外決定の内幕”

新型コロナウイルスの感染再拡大が続くなか、その議論の行方に注目が集まるのが、7月から新たに設置された政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会だ。
それまで感染症や生命医科学の専門家が集められていた「専門家会議」が発展的に解消され、今後は「分科会」で日本の感染症対策が話し合われていく。メンバーとして、感染症の専門家だけでなく経済学者、労組幹部、自治体の長なども参加。これまでには4度開かれた。
発売中の「文藝春秋」9月号では、分科会メンバーで経済学者の小林慶一郎さんと日本感染症学会理事長の舘田一博さんが「経済か、感染症対策か」を議論する座談会に出席。国際政治学者の三浦瑠麗さん、京都大学准教授でウイルス学者の宮沢孝幸さんと白熱した議論が展開された。
分科会は正しく機能しているのか?
座談会でまず俎上に載ったのは、分科会のあり方についてだ。
宮沢 お二人を前に恐縮ですが、分科会は正しく機能しているんでしょうか。私は、やはり政府にお墨付きを与えるだけの形式的なものになっているのではないかと懐疑的です。分科会では、各分野の専門家に意見を聞いた上で、政府はその意見に基づいて対策を決定することになっていますが、そのような手順にそもそもなっているのでしょうか?
舘田 政府の政策にお墨付きを与えるだけの、いわゆる「御用学者」だと言われていることは十分認識しています。しかし、専門家会議のときからそうですが、委員の先生方はどうしたらこの国難を乗り越えられるかを真剣に議論しています。分科会の目標は、社会経済と感染対策の両立ですから、感染症分野の人も経済分野の人も同じ場に集まって、それぞれ専門分野の知見をもとに活発な議論が行われています。
三浦 実際の議論は、どうやって進められているのですか。
小林 一回の会議は2~3時間くらいで、5~6の議題について話し合います。だから一つの議題については大体20~30分ぐらいですね。ただ、それぞれの議題について担当の官僚から説明がありますので、実質的な議論の時間は結構限られています。
そこは残念ながら普通の審議会と同じで、大体事前のシナリオが決まっていて、それを了承するという方向になりやすい。しかし、それではいけませんから、事前にその日の議題を明示して、各委員がちゃんとよく考えて準備できる進め方にしてほしいと強く要望しなくてはいけないと思っています。
不意打ちだった「東京除外」の政府発表
小林氏がこう強く懸念を表明するのは、7月16日に行われた第2回の分科会での出来事が影響している。この日の分科会では22日から開始予定だった「Go To トラベルキャンペーン」について、「東京発着のケースは除外する」ということに決まったのだが……。
舘田 たしかに。あの時(16日の分科会)の進め方はよくなかった。
小林 分科会が始まる1時間前に西村経済再生担当大臣が突然、「東京発着のケースは除外」を検討していると発表したので、みんなびっくりした。西村さんはその場で、この後の分科会で議論して正式に判断する予定だと言うんだけれど、私たち委員に事前の情報は一切なかったので、我々はニュースやネットで初めて知ったんですよ。「東京除外」について問題点はどこか、調べる時間なんてありませんでした。
舘田 まさに寝耳に水でした。
小林 分科会で反対意見はありますかと問われても、準備不足で答えようがない。今さら聞かれてもというのが正直な感想でした。
「ああいうやり方は良くない」
舘田 私もそれは同感。「Go To トラベル」の前倒し実施の話は数日前から出ていたでしょう。経済対策として政府がやりたいのはわかるんだけど、私はもう少し待った方がいいと思った。だからあの日、何の条件も付けずにやるというなら、反対しようと思っていたんです。
小林 それは感染症拡大防止の観点から?
舘田 そうです。ところが、経緯はどうあれ、政府の方から一歩引いたわけです。もちろん「東京除外」だけでなく、1都3県がいいのか、あるいは大阪を含んだ方がいいのか、など議論の余地はありますよ。しかし、まず向こうから譲歩してきたから、私たちとしては受け入れざるを得ない。東京だけか、1都3県かという問題に正しい答えなんてないですからね。
小林 そうでしたか。政府も試行錯誤だと思いますが、ああいうやり方は良くない。あれでは政策提言どころではないですから。
コロナウイルスの専門家が選ばれていないのでは?
さらに宮沢氏が分科会の問題点として挙げるのは、そもそもの分科会委員のメンバーの「人選」についてだった。
宮沢 いきなり分科会の限界が見えたということでしょうか。この会にはマクロのウイルス学の専門家やコロナウイルスの専門家が選ばれていませんよね。コロナウイルスの対策を議論する場にその専門家がいないって、やはりおかしいと思います。
小林 いや、国立感染症研究所長の脇田隆字さんが入っていますよ。
宮沢 いやいや、脇田先生のご専門はC型肝炎ウイルス、しかもミクロなウイルス学です。霞が関や学会のしがらみに引きずられ、適材適所が行われているとは思えないんですよ。私はもっと適任者がいると思っています。
舘田 うーん。ただ、分科会の委員もどうやったら貢献できるか、責任感を持って取り組んでいるのは確かですよ。私は決して政府寄りの人間ではないけれど、西村大臣や加藤厚生労働大臣、あるいは政府の役人も寝る間も惜しんで仕事をしています。どれだけ一生懸命やっているか、中に入ってよくわかりました。
三浦 「Go To」に関しては、政府のヒヨリ方がみっともなかったとは思うけれど、経済を回しながら、コロナ対策をやっていくしかないという基本認識は間違ってはいないと思うんですね。でも政府のコロナ対策は、マスクも総理の広報動画もそうですが、国民への語り掛けのところで間違えてばかり。この二つの件では安倍総理を前面に出したことが間違いです。その点、「Go To」では、同じ過ちは犯しませんでしたけれど、もっとうまくできたはずだとは思いましたね。
それと分科会には、経済の専門家が新しく入ったわけですから、今後の経済シミュレーションをやって、三つくらい日本経済の損失シナリオを出してほしい。小林さんも経済の回復に向けた尽力をお願いします。
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その後も白熱した議論は続き、現在の感染者数増加をどう見るか、緊急事態宣言を再び出す可能性について、経済と感染症対策の両立をどう図っていくか、ワクチン開発の現状、ウイルス強毒化の可能性など……喫緊の課題について活発な議論の応酬が行われた。その全文「 徹底討論『経済』か『感染防止』か 」は、「文藝春秋」9月号と「文藝春秋digital」に掲載されている。
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(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2020年9月号)