国民民主党代表・玉木雄一郎氏のやってることが極めて「ブラック企業的」だと言えるワケ

◆所詮は「野党政局」だが……

最初に言明しておきます。立憲と国民の合流そのものは「当たり前の話であること」と「所詮は野党政局である」点から、正直、「どうでもいい話」でしかありません。野党政局なんぞ犬も食わないと、カインとアベルが喧嘩した昔からだいたい相場は決まっています。

野党の誰がどこへ行った、どっちの旗にどんなことが書かれているかなど、実にくだらないこと。たかだか野党です。みなさん好きな歌を歌い、好きなように踊られればよろしい。

「あれ?希望の党は『原発ゼロ』を掲げていたはず。その希望の党には原発維持を訴える電力総連は参加したのに、合流新党が『原発ゼロ』を掲げてることを理由に不参加を表明するのねぇ。政治家の口ってのは便利に出来てますなぁ」

「原発ゼロに頑なに反対し、原発再稼働を唱える電力総連が、玉木新党に参加し、その玉木新党が、あの山本太郎と共闘するとなったら見物ですなぁ。いろんな人が珍妙な理屈で、原発推進勢力と山本太郎の共闘を正当化しようとしてがんばるんでしょうなぁ」

などなど、思わず顔がほころびそうな近未来の予想図を頭に浮かべる人もいるのでしょう。そしてその未来予想図は確かに説得力があるのでしょう、しかし、そんなことを想像しながらほおけた顔をしてダラダラ涎を垂らすのは、なかば実生活での成功や幸福をあきらめた変態的なマニアだけ。世の中には好事家の種は尽きません。マニアや変態は、世の大勢に背を向け社会的営みを放擲してまでも、珍奇な芸能にのめり込むものです。そういう耽美な世界にのめり込むのも、実に人間的でよろしいではありませんか。

ですが、こうしたマニアしか喜ばない、ほの暗くて狭苦しい、そしてどうでもよい世界から、たとえば「抑えきれないミソジニー」や、ミソジニーと切っても切れない間柄である「ブラック企業経営者的マインド」があふれ出し、野党政局になんぞ興味を持たない、きわめて真っ当な生活をしている善良で健全な市民が生活する、明るく伸びやかで健やかな世界を侵食するようであれば、問題です。

◆無自覚に垂れ流される「ブラック企業マインド」

前回記事で、「玉木代表の行動を誉めそやす人たちが、無意識に『おとこ』なる言葉を多用するホモソーシャルな仕草が、本当に気持ち悪い」という趣旨の指摘をしました。おそらく「玉木の選択は、おとこだ!」などと総括できてしまう類いの変態紳士淑女のみなさまには、「どこがホモソーシャルなんだ」と、ちんぷんかんぷんな内容だったと思います。それはみなさんが変態紳士であることと、私の筆力が不足していることが重なったためです。不幸なことに反りがあわなかったのでしょう。端的に、「五反田でも行ってろ」と言えばよかったかも知れませんね。大変申し訳ありませんでした。

いずれにせよ、「野党政局 そ の も のに興味をもってしまう」類いの変態紳士淑女各位しかお住まいになっていない狭苦しいほの暗い世界から、真っ当な社会ににじみ出てしまった、薄汚いミソジニーとホモソーシャル仕草については、すでに指摘しました。これ以上目に余るようであればまた指摘しますが、まあもういいでしょう。私は案外ストレートなので、変態紳士淑女各位のお耳に届くような言語を持ち合わせていません。あしからずご了承ください。

ホモソ仕草の他にもう一つ、玉木さんを応援する変態紳士淑女がお住まいになっている、狭くほの暗く薄汚い世界からあふれ出し、健全な社会を侵食しつつある「よからぬもの」の中に、「ブラック企業マインド」があります。野党政局なんぞ犬も食いませんが、ブラック企業仕草が、変態紳士淑女各位が赤坂あたりのマンションを借りてスポーツ新聞に広告だして集まるような薄汚い同好会から外に滲み出るというのなら、断じて許せません。

◆「分党」という言葉を喜ぶ姿勢に潜むもの

ブラック企業仕草がにじみ出ている最大の事例が、例の、「分党」なる言葉を喜んでしまう姿勢です。

玉木代表が提唱する「分党方式」がいかなるものであるかは、玉木代表ご自身がご自身のブログで解説しておられます。

ごらんの通り、玉木代表は「分党」なるスキームを自分で説明する必要があるのは、”報道等で「分党」や「解党」という言葉が入り乱れてわかりにくい”ためだと前置きします。

……「分党」なんて言葉は、玉木代表以外お使いになっていないので、「入り乱れてわかりにくい」もなにも、ご自分がこんなケッタイなことをおっしゃらなければ入り乱れずに済む話だと思うんですが、まあ、それはさておきます。菩薩心。菩薩心。弱い人には優しくしないとね。

それはさておき、この文章を読むと、玉木さんも、「いずれにせよ、国民民主党は一回、解党しなければいけない」というご認識をおもちのようです。

たとえばこの記述。

”国民民主党の衆院議員のうち、比例復活で当選した議員は、2017年衆院選で希望の党の比例票によって議席を得ており、いったん国民民主党を解散しないと、そのままでは立憲民主党に入党することが法律上できないからです。”

この記述からも、「解党しなければいけない」との認識をお持ちであるご様子は窺えます。玉木さんが仰るように、比例選出の議員は、自分の名前を投票用紙に書いてもらって当選したわけではなく、党の名前を書いてもらって当選しているわけですから、好き勝手に党を動くわけにはいきません。比例選出の議員が移籍するためには、所属元の政党が消えてなくなる必要があります。

しかし、上記引用した玉木さんの記述は、2点、きわめて大きな間違い、しかも不誠実な間違いを犯してしまっています。

◆玉木氏の記述の「間違い」

まず一点目。この玉木さんの記述は、基本的に「嘘っぱち」です。しかも自分がこれまで何を主張してきたかを奇麗に棚にあげる類いの「嘘っぱち」です。

玉木さんは、この記述の中で「立憲民主党に入党」という言葉を使っておられます。しかし、こんなこと誰も想定も予定も希望もしていません。事実、そんなことは、国民民主の合流派からも立憲民主党側からも、今は提案されていないのですから。

今、国民民主合流派と立憲民主が提案しているのは「立憲 国民、両方とも解党し、その後、新党を結成し、その新党に来たい人は来る」というスキームです。それ以上でもそれ以下でもありません。

「国民民主・立憲民主の双方が解党し、その後、新党を作り、再結集」などという面倒くさいスキームを、国民民主合流派と立憲民主が提案するには理由があります。

両党の合流話がスタートしたのは、昨年のこと。しかも玉木さんからの依頼でした。「大きな塊が必要だ。旧民主党勢力が分かれているのはおかしい。いま立憲民主は野党第一党だ、だから立憲が、旧民主党勢力の小さい方である国民民主を吸収合併してくれ」という提案を、玉木さんの方から枝野さんにされたのが最初です。この方式を提案していたころの玉木さんは正論をおっしゃっていました。この方式だと、比例の議員も動けます。「党が丸ごと吸収される」わけですから。

しかし立憲の枝野代表はこれを拒否しました「永田町の合従連衡に興味はない」という理由で。いや、枝野さんのこの主張、今考え直しても、全然理解出来ません。というか、気持ち悪いです。当時、「枝野、かっこつけて、何言ってんだろ?バカじゃねーの。玉木のいうこと聞いてやれよ」と立憲民主党の枝野代表のヒロイズムに、反吐を吐くほどの嫌悪感を覚えた記憶がありありと残っています。

その後、国民民主党側で、「早期合流実現のための署名活動」などがはじまり、昨年年末には再び合流機運が高まります。立憲民主党の枝野代表がかっこをつけて「丸ごと吸収案」を拒否したため、他の方式を考えねばなりません。枝野さんのええかっこしいに振り回された各位のご苦労たるや、想像するだけでも涙が出そうです。

そこで考え出されたのが、「完全解党方式」です。野党第一党である立憲民主と、支持率1%政党・国民民主では、議席数に大きな差があるけれども、枝野さんが吸収合併を拒絶する以上、「来たい人は来る」というテイで合併を進めるしかありません。比例選出の議員もふくめて「自分の意思で移籍先を選択した」という状態を作らなければならないのです。そのためには、「国民民主も立憲民主もいったん解党」をし、比例の議員をいったん自由にしてあげる必要があるのです。これだと、「議員個人の自由」が尊重され、また、枝野さんがヒロイズムに酔いしれて拒絶する「合従連衡」とも違う話になりますしね。だからこそ、この「解党方式」は、両党で合意されたのです。

「立憲も国民も解党」する以上、玉木さんのいう「立憲民主党に入党」なんてことはあろうはずがありません。

玉木さんなんでこんな大事なところで、嘘をつくんでしょう? 自分の主張を補強するために事実にないことを主張し出すのは、ダメな企業経営者がよくやる手法です。本当に情けない。

◆参議院の比例代表を「忘れ」た玉木氏

先ほど引用した、玉木さんによる

”国民民主党の衆院議員のうち、比例復活で当選した議員は、2017年衆院選で希望の党の比例票によって議席を得ており、いったん国民民主党を解散しないと、そのままでは立憲民主党に入党することが法律上できないからです。”

なる記述にはもう一つ、許し難いほどの不誠実で無責任な間違いがあります。

それは、「完全に、まるっと、参議院の比例代表を忘れている」ということです。「なんだよ。参院のこと書かなかっただけじゃねーかよ。そんなこと忘れるぐらい、許してやれよ」と言えてしまうのは、変態紳士淑女だけ。 他の党の代表が、「うっかり参院比例のことを忘れてた。てへぺろ」というのは、まだ理解できますが、国民民主党の場合は、そうは行きません。

上述するように、立憲民主党・国民民主合流派、そして玉木さんも、「立憲も国民もいったん、解党する」ところまでは、合意しています。 合意している理由は、「そうでないと、比例の議員が動けないから」であることも、先述の説明の通り。

そしてこれも先述の通りですが、比例の議員が所属元政党が消えてなくならない限り移籍できないのは、比例の議員が座っている議席が、その議員の名前で獲得した議席ではなく、政党の名前で獲得した議席だからです。

比例議員には1)衆議院の小選挙区で負け比例復活した議員 2)衆院比例単独で当選した議員 3)参院比例区で当選した議員 の3パターンがあります。このうち、国民民主党に多いのは、1)の衆院小選挙区で負け比例復活した議員 です。玉木さんの記述にある ”比例復活で当選した議員は、2017年衆院選で希望の党の比例票によって議席を得ており、いったん国民民主党を解散しないと、そのままでは立憲民主党に入党することが法律上できない”とはまさに、1)の議員を念頭に置いた言葉です。

しかしこの一節を注意深く読んでください。玉木さんは「2017年衆院選で希望の党の比例票によって議席を得」たと、書いています。これも玉木さんの言う通りです。なぜなら国民民主党は、その誕生から、今日にいたるまで、「国民民主党」の名前で、解散総選挙に臨んだことがないのですから。国民民主党が国民民主党の名前で衆議院議員選挙を戦った事実はどこにもいまだ、ないのです。だから、「国民民主と書かれた投票用紙」によって獲得された国民民主党の衆議院の議席は、ゼロです。全くのゼロ。1)のパターンも2)のパターンも、全くのゼロ。そして国民民主党は衆議院選挙を戦うことなく退場するわけですから,永遠のゼロです。衆議院にある「国民民主の比例議席」は全部、「希望の党」名義のものです。「国民民主という誇り高き船の船長」の自負が横溢する玉木さんからすれば、これは忸怩たる思いしかないでしょうね。

しかし しかし、しかしですよ?

国民民主は、生まれてこのかた衆議院選挙を戦ったことはない(沖縄3区補選の事例があるにはありますね。しかしあれは補選であり補選である以上比例は関係なく、しかもあの選挙はオール沖縄の選挙で、国民民主党関係ないですし、強いて政党名をあげるとするならば、玉城デニー氏の影響下の選挙であることを踏まえると、旧自由党の選挙とかろうじて呼べる選挙です)のは厳然たる事実です。しかし、去年2019年の参院選挙は、「国民民主」の名前で戦っています。そして議席を獲得しているではありませんか。なんと輝かしい!!さぞかし、「国民民主という誇り高き船の船長」の自負が横溢する玉木さんからすれば、誇らしい結果に違いありません。

◆「国民民主の名前を書いてもらって生まれた議席」を切り捨てる

そこで、もう一度、あの記述を見てみましょう。

”国民民主党の衆院議員のうち、比例復活で当選した議員は、2017年衆院選で希望の党の比例票によって議席を得ており、いったん国民民主党を解散しないと、そのままでは立憲民主党に入党することが法律上できないからです。”

あれ? 衆議院しか出てこない。 あれ??? 国民民主党が生まれて初めて国民民主党の名前で獲得した参議院の議席について、なんにもいわないの? ねぇねぇ 玉木さん あなた、船長さんなんでしょ? 国民民主って船の。で、国民民主はすばらしい党なんでしょ?なのになんで、「よその党」の名前で獲得した衆議院の議席には配慮して、自分の党の名前で通った参院の議席には言及がないの? 参院なんてどうとでもなる、どうでもいいと思ってるの????

と、まったく国民民主の参院議員に縁もゆかりもない私でさえ不安になるほどの、参院の切り捨てっぷり。しかも、生まれて初めて成功した「国民民主の名前を書いてもらって生まれた議席」を切り捨てるわけです。いやもうほんと、意味がわからない。その様子は、自社の社員なんて石ころ同然に扱うブラック企業経営者そのものです。

◆「分党」スキームも、ブラック企業風味が満載

玉木さんから滲み出るブラック企業風味はこれだけではありません。

どだい、玉木さんが急に言い出した「分党」のスキームも、ブラック企業風味が満載なんですよ。

繰り返しになりますが、分党なんて珍妙なことをい出してるのは玉木さんだけ。玉木さん以外の人の意見は、「そもそも合流するな」か「比例の自由を確保するため、立憲も国民もいったん解党し解党後に新党を作る」のどちらかです。「合流したくない人」と「合流したい人」がいる以上、意見がこの二つに別れるのは当然といえましょう。そして比例議員がいる以上、「合流したい人」の意見が、「いったん解党、その後に新党」にならざるを得ないのはこれまで繰り返し説明してきた通り。

しかし玉木さんだけ違う。玉木さんだけ、変なことをいている。

玉木さんのいう分党スキームは、「立憲 国民ともにいったん解党」までは一緒。そして、「最終的に、合流新党を作る」も一緒。ですがなぜか、玉木さんは、「立憲 国民ともにいったん解党」と「最終的に合流新党を作る」の あ い だ に もうワンステップ付け加えて、「合流したい人新党」と「合流したくない人新党」を作れ と言うのです。そして、その「合流したくない人新党」はそのまま存続させ、「合流したい人新党」は解党し、しかるのち「最終的に作る合流新党」に合流せよというわけです。

頭がくらくらするほど意味がわかりません。

「立憲も国民もいったん解党、その後に合流新党」という玉木さん以外の人の主張の場合、総務省に提出する手続きは、「立憲の解党手続き」「国民の解党手続き」「合流新党の結成手続き」と手続き3つで完了します。

しかし、玉木さんのスキームを採用すると、「立憲の解党手続き」「国民の解党手続」「合流したくない人新党の結成手続き」「合流したい人新党の結成手続き」「合流したい人新党の解党手続き」「合流新党の結成手続」と、必要な手続きが、6つに増えます。

「3つの手続きが、6つになるんだろ? 倍に増えただけじゃねーか。それぐらい筋目を通すためならあたりまえだろ」と言いたい変態紳士淑女各位もおられるかもしれませんが、そんなこと言えるのは、変態紳士淑女だからです。

◆事務処理をする政党職員の負担を考えない玉木案

政党の解党や新党の結成には、膨大かつ煩雑なペーパーワークが必要です。A4用紙何枚レベルではなく、軽トラの台数でカウントしたほうが合理的なほどのペーパーワークが必要となってきます。そして、このペーパーワークは、当然のこととして、政治家がやるのではなく、政党職員の方々や秘書のみなさんがおやりになるわけです。

「合流すべきだ」「合流なんかできない」とカッコよく政治家がテレビの前で話をしている後ろには、コツコツと仕事をする職員のみなさんがいらっしゃるわけです。その政党職員のみなさんが、一つの手続きで、紙の枚数ではなく、軽トラの台数でカウントしたほうが早いほどの膨大かつ煩雑なペーパーワークにこれから突入していくわけです。文字通りの「デスマーチ」が、立憲民主党の職員や国民民主党の職員各位の前には待ち受けているわけです。

しかも。

解党したり新設したりするのは、立憲民主党と国民民主党などの「党本部」だけではないのです。

政党所属の国会議員および政党に所属して国政選挙への立候補の準備を進めている人は、すべて、「政党支部」の支部長という肩書きをもっています。これは肩書きだけの話ではなく、支部の一つ一つが、政治運動を行う基礎単位である「政治団体」です。

政治団体は法人番号も付与される立派な法人。それが、全国各地に存在します。論理的には、衆院議の議席分、参院の議席分、どの政党も持つことが可能ですし、「全議席、取りに行くぞ!」という姿勢を見せるためには両院議席分に匹敵する数の支部をつくることになります。自民党ぐらい大きな政党になると、支部の数は600を超えます。まあ2/3議席持っているといううことは、自動的にそれだけ大量の支部が存在しているということですから600を超える支部が存在するのは当たり前です。

立憲民主の場合、現職国会議員が支部長をつとめる支部が89、国政選挙候補者が支部長を務める支部が54,合わせて 143支部あります。国民民主ですと、現職国会議員の支部が62,候補者支部の数は公表されていないので立憲と同等と数えると54,合計で116支部という計算です。両党合わせると、259支部ほどにのぼります。この約260の支部はすべて、政党本部の下部組織であり、会社でいえば、本店と支店の関係にあります。しかし、包括法人と被包括法人の関係にあり、政党本部と政党支部は、法的には別法人です。別法人である以上、この数百の支部それぞれに、解散と新設の手続きが必要になってくるのです。しかも、支部の場合は、本部より後に解散するわけにいかず、また、新党結成前に新設するわけに行きません。それぞれ、「本部が解散する前に解散しおわる」「本部が新設されてから新設する」というタイムラインとにらめっこのオペレーションが必要となるのです。

ひとくちに「政党の解散」「政党の新設」といっても、「政党本部」だけでなく、「政党本部+数百の地方支部」の数のぶんだけ、手続きが必要となってくるのです。これを合理化する術はありません。法律は法律、政党助成法、公職選挙法、国会法、政治資金規正法などなど政治と政治活動を規定するさまざまな法律が厳密に定める諸手続を、やるしかないのです。「うちの党は、潰したり新設したりをしょっちゅうやるから、法律変えて、手続き簡単にしてくれよ」なんて議論が通るはずないじゃないですか。

だからこそ、「よりスムーズに合流なり離脱なり出来る方法」を政治の側で、妥結する必要があるんです。その妥結のポイントで、政治家が奇麗事や自身の沽券にこだわって、愚にも付かない意地をはると、ムダに手数が増え、北は北海道、南は沖縄まで、膨大かつ煩雑な手続き作業に圧殺される職員が大量に生まれてしまうことになるのです

●玉木さんの提案する分党方式で必要な手続き数 = (260総支部+政党本部)x6手続き

●玉木さん以外が提案する方式で必要な手続き数 = (260総支部+政党本部)x3手続き

こう数式化すると、掛け算の右項にある「そもそもの手続き数」が強烈なレバレッジをかけているのがわかるでしょう。

普通、職員のことを思い、現場のオペレーションを考える真っ当な経営者なら、こんな事態は避けるはずです。「俺が言い出したことだから、オペレーションがカバーしろ」「俺はこうやりたいんだ。お前ら現場はそれをくみとって、死ぬ気で仕事しろ」と嘯くのは、ブラック企業の経営者ぐらいのもんです。

◆誰ひとりハッピーにならない手数の多いだけの分党方式

いやもう言い切りましょう。

誰ひとりハッピーにならない手数の多いだけの分党方式なる珍妙なスキームを口走り、それが手続き的に煩雑なことを知りながら(玉木さんは先日、筆者との電話会話のなかで、ご自分で「手続きが大変だ」という認識を示しておられました)、いまだにその方式にこだわる玉木さんそして、そんな玉木さんのその姿勢を応援するような変態紳士淑女の各位のマインドは、もう完全に、ブラック企業経営者のそれと同じです。玉木さんや彼の分党方式を誉めそやす人々の目には、政党本部や地方支部でこれからデスマーチに突入し悪戦苦闘することになる職員の姿など、入っていないのでしょう。

玉木さんや玉木新党が、どのような「政治的主張」をされるかには興味もありません。どんな主張をするのも自由ですよ。そりゃ、私もストレートとはいいながらも、変態的なところはありますから、「消費税増税を唱える野田首相の腰巾着になり、当時の民主党政権内で、消費税増税反対を訴えた人々を、粛正しまくった、岸本さん見たいな人が、玉木新党に行くといっている。よくそれで、玉木さん、消費税減税とかいえるよね」とか変態チックな観察をしたくなるときもありますが、それはまた別の話。

どの政治勢力が、どんな政治的主張をしようとも、勝手です。その政治的主張そのものを云々しようとは思いません。なんだっていいですよ、主張は。好きなことを好きなようにご主張されればよろしい。憲法改正であろうが核武装であろうがなんであろうが、主張する権利はある。玉木さんが、「コップに入った金魚飲んで、右の鼻から出します」とか「左の耳から水仙の花咲かせます」とか公約するのも自由ですよ。完全に自由だし、興味もない。

ただね。小なりといえども、玉木さんはこれから新党作ってそこの党首になるっていうんでしょ?小なりといえども、衆議院議員でありかつまた公党の党首だというのなら、それは自動的に、内閣総理大臣候補じゃないですか。

内閣総理大臣候補となる人間が、自党の名前を投票用紙書いてくれた人がいるからこそ獲得しえた議席を忘れるとか、自党の職員がこれから手続き地獄にハマりそうなのを知っているのにそこにさらに負荷をかけるとか、「まんま、ブラック企業経営者」なアティチュードを取り続けるのなら、もう、こういうしかないでしょう。

「玉木さん、あんた、最低だ。ブラック企業経営者そのものだ。あんた、党代表の器じゃないよ。」

と。

<文/菅野完>