クマだけじゃない 出没相次ぐ意外な希少動物とは

人里での出没が相次いでいるのはクマだけではない。近年、本来は高地を好み特別天然記念物に指定されている希少動物の目撃が各地で報告され、人的被害も出ている。山の生態系に何が起きているのか。その動物とは――。【道岡美波】
群馬、新潟県境にそびえる谷川岳を北に望む群馬県みなかみ町の猿ケ京(さるがきょう)温泉に、思わぬ珍客が現れたのは10月4日の昼下がりだった。
場所は、旧猿ケ京小学校(2008年に廃校)を活用した宿泊施設「泊まれる学校さる小」。“校長”の飯島健治さん(40)は、客のチェックアウト後、玄関前で黒っぽい動物がつぶらな瞳でこちらを見つめているのに気付いた。ニホンカモシカだった。「裏の林で遠くから見たことはありましたが、近くまで来たのは初めてでした」
ウシ科のニホンカモシカは本来、群れを作らず標高が高い場所を好むが、人の生活圏への出没が近年、各地で問題化している。
愛媛県では、50年以上も姿が確認されていなかったが、18年と20年に山中で相次いで目撃された。愛知県新城市では10月、山中でシカ猟のわなにかかったカモシカを逃がそうとした猟友会の男性が角で刺されて亡くなる事故が起きた。
標高が高い場所を好むカモシカがなぜ人里に現れるようになったのか。
「関東以西でニホンジカが増殖したことが影響している可能性があります」。そう指摘するのは、日本哺乳類学会で哺乳類保護管理専門委員会委員長を務める岐阜大応用生物科学部の浅野玄(まこと)准教授(50)だ。耕作放棄地の拡大で餌となる植物が増え、狩猟者も減ったことなどから、群れで行動するニホンジカの生息域が年々拡大しているという。
「カモシカは縄張りを作る“単独行動派”です。増えたニホンジカが縄張りの餌を食べてしまい、カモシカは餌を求めて人里に出てきているのではないかと考えられます」
古くから毛皮や肉が重宝されてきたカモシカは、盛んに狩猟が行われた大正時代までに個体数が激減した。当時の生息数ははっきりしないが、1934年に国の天然記念物、55年には特別天然記念物として保護された結果、環境省によると、80年代前半には10万頭前後まで回復したとみられる。一方で、人里に迷い込むカモシカによる農林業被害が社会問題化し、79年から被害防止のための捕獲が始まり、16~18年には群馬、長野、岐阜、静岡、愛知の5県で計画に基づき、年間約600頭が捕獲された。
個体数を調整しつつ高地での繁栄は保たれてきたとみられるが、ニホンジカの生息域拡大で事情は変わってきた可能性がある。文化庁によると、捕獲が禁止されている全国13の保護地域と、保護地域ではない九州、四国での生息密度を調べたところ、90~97年の1平方キロ当たり1・9頭から、14年~現時点では0・68頭まで減った。
低地での生息密度を示すデータはないが、ニホンジカの侵入で本来の生息域を脅かされたカモシカが人里に追いやられ、厄介者扱いされる事態になれば殺処分を求める声が高まりかねない。「そうなれば高地にも低地にもカモシカがいなくなってしまう」と浅野准教授は警鐘を鳴らす。
日本哺乳類学会は今年6月、カモシカの保護管理施策の充実を求める要望書を文化庁などに提出した。浅野准教授は「従来の保護地域で保護しただけではカモシカは守れない。フェンスを設けてカモシカを守りつつ、ニホンジカとの関係も調査で明らかにする必要がある。一般の人がカモシカを目撃した場合はそっとしておいてほしい」と訴える。