「砲らしきものを搭載していたが、詳細は承知していない。断じて容認できない」
2月16日、加藤勝信官房長官は、中国海警局の船舶2隻が沖縄県尖閣諸島周辺の領海に侵入したことを受けてこう強く抗議した。
◆中国「海警法」施行で一触即発? 尖閣を巡る日中“激アツ”バトル
2月1日に中国の海上保安機関である海警局の武器使用を認める「海警法」が施行されてから、尖閣諸島を巡る日中間の緊張は新たなフェーズに突入した。
海警法では中国の主権が及ぶ海域を「管轄海域」と表現し、管轄海域で国家主権などが侵害されれば、外国の公船でも「武器使用を含む一切の必要な措置を取る」と規定。ただ管轄海域がどういったものかの定義はされておらず、恣意的に解釈されかねない。
1月に誕生した米国のバイデン政権では、「対中強硬派」で知られるブリンケン国務長官がアジア太平洋の外交戦略を担うことになり、これに伴い、中国側も尖閣諸島や南シナ海周辺での活動を一層強めてくる懸念が高まっている。
そんななか、「今のままではグレーゾーン事態が勃発しかねない」と警鐘を鳴らすのは、防衛大臣や自民党幹事長を歴任した石破茂氏だ。
ワクチン接種が始まっても日本ではコロナ対応を巡ってドタバタが続いているが、こうした間隙を突いて中国が何らかの行動に出る可能性はあるのか? 今回、政界きっての「安全保障のスペシャリスト」である石破氏に話を聞いた。
◆元防衛大臣・元自民党幹事長 石破茂氏に直撃!
――中国で施行された海警法は国際法に違反しているのではないか。
石破:中国海警の公船は白い船体に青のストライプが描かれ、見た目は日本の海上保安庁の巡視船のよう。しかし、海警法によって、法の執行機関から事実上“第2の中国海軍”になったと言っていい。
警察が守るのは個人の生命、財産や公の秩序だが、軍が守るのは国家主権。日本の尖閣諸島だけでなく、フィリピンと領有権を争う南沙諸島やベトナムと争う西沙諸島における中国の“主権”を守るために、海警の艦船が出向き、場合によっては実力行使を認めるとする。
国際法に反する態様も予想されるが、中国は自分たちが決めたことこそが世界のルールだと考える。
――なぜ、このタイミングで中国は海警法を施行したのか。
石破:昨年、中国は香港の一国二制度を事実上反故にする国家安全法を施行。民主活動家を厳しく弾圧したが、外国からの反発も彼らの予想よりは小さく、“第2の天安門事件”にはならなかった。
次に年末には国防法を改正し、人民解放軍が党の軍隊であることを明確にし、海外にも軍を投入できるようにした。国家統一の名のもとに香港を呑み込んだ中国の残された野望は台湾だ。台湾海域への進出を考えれば、尖閣諸島の重要性が増してくる。
こうした流れのなかで、海警法が施行され、日本の巡視船に対しても武器を使用する意思を明確に示した。先進諸国がワクチン接種などコロナ対応で手いっぱいな隙をつき、中国は着々とシームレスな法整備を進めている。
◆日本のとるべき対応策は?
――日本のとるべき対応策は。
石破:どこまで海上保安庁が対処し、どこから海上自衛隊が対処するのかを事前に明確化することだ。尖閣諸島付近で操業する日本漁船が中国海警に拿捕された場合、魚釣島の灯台が破壊された場合、海上保安庁の船が中国の海警に攻撃された場合など、いわゆるグレーゾーン事態への対応となる。バイデン新大統領は尖閣諸島を安保の適応対象だと明言したが、グレーゾーン事態で米軍が動くことはまず考えられない。
19年前、私が防衛庁長官だったときから、グレーゾーン事態への対応を言い続けてきたが、現状では海上自衛隊に海上警備行動、あるいは治安出動を発令するほかはない。これらの命令に必要な閣議決定は各大臣の署名による持ち回りなどで対応できるように改正はされているが、こちらは段階的に命令を発出することになり、場合によっては日本側が事態をエスカレートさせたと中国側に非難される可能性も排除できない。
一方、中国は国内法の制約がほぼない状態で実力行使まで進めることができる。どんな事態であっても現場で対応する海保や海自の隊員が判断に迷うことのないように、平時から有事までどの法的根拠に基づいて、どのような対応をとるのかをあらかじめ整備しておかなければ、取り返しのつかないことになりかねない。
◆尖閣諸島を巡る主な動き
’10年9月 中国漁船衝突事件
海上保安庁巡視船に中国漁船が衝突。当初、非公開だった衝突時の動画が、海上保安官だった一色正春氏によって「ユーチューブ」で公開される
’12年9月 尖閣諸島を国有化(野田佳彦民主党政権)
これ以降、「偽装漁船」が頻繁に尖閣諸島周辺に押し寄せることに
’20年 接続水域に中国海警局の船舶が確認されたのは国有化以降最多の計333日
’21年2月1日 中国が「海警法」を施行
6日 施行後初めて、中国海警局の船舶が領海侵入
16日 茂木敏充外相が「わが国海域での海警船舶の行動そのものが国際法違反」として抗議
21日 中国海警局の船2隻が日本漁船に接近
25日 政府は上陸阻止のため海保の「危害射撃」も可能との見解を示す
◆後手に回るコロナ対応も危機管理の欠如が原因
――危機管理という意味では、新型コロナ対応も日本の問題点をあぶり出したように見える。
石破:平時からあらゆる事態を想定し、準備しておかなければ、危機に際して臨機応変に対応できるはずがない。新型コロナ対応が後手に回っているように見えるとすれば、本質的に安全保障をないがしろにしてきたことと原因はまったく同じと言えるだろう。
日本の病床数は約160万を擁し、1000人当たり13床と世界一。一見、日本では医療崩壊が起こらないように思える。ところが、病床の8割を占めるのは民間の病院であり、コロナ禍のような非常時に政府や自治体が民間病院に対して指揮・命令できるような規定はない。結果として現場任せになってしまう。
全国保健所長会会長は現場の負担が大きいことから、新型コロナを感染症法のエボラ出血熱や結核などと同等の1、2類相当から、季節性インフルエンザと同じ5類に引き下げてほしいと厚労相に要請したが、法的に隔離等の措置が必要だということで、1、2類相当の取り扱いが1年延長されることになった。尖閣の防衛と同じく、新型コロナ対策でも現場が困らないような手当てが必要ではないか。
◆支持率低迷の中で総選挙をどう戦うのか
――昨年9月の自民党総裁選では圧倒的な支持で菅政権が誕生。だが、コロナ対応での迷走や自民党内で相次ぐ不祥事、森喜朗前東京五輪・パラリンピック組織員会会長による「女性蔑視発言」などで、支持率は低迷している。近づく総選挙をどう戦うのか。
石破:今の自民党では、私がなにを言っても響かないのだろうが、総裁選で自分たちが選んだ首相なのだから、責任をもって支えよう、と言いたい。選挙が危ないとなったら、すぐに手のひらを返そうとするのであれば、それは不愉快の極み。
私自身は5度目の総裁選に出るのか、とよく聞かれるが、総裁選出馬のギネス記録に挑戦しているわけではない。尖閣防衛や新型コロナ対策だけでなく、日本は1年に人口が50万人も減少する非常事態にある。これに立ち向かうためにも、選挙で選ばれた政治家が逃げるわけにはいかない。
危機にこそ、政治家の真価が問われる。
◆上陸は重大凶悪犯罪「危害射撃」が可能に
政府は2月25日、自民党の国防部会・安全保障調査会の合同会議で、外国公船から乗員が尖閣諸島に上陸を試みた場合、重大凶悪犯罪とみなし、海上保安庁が阻止するために「危害射撃」が可能との見解を示した。
同様に海上自衛隊も海上警備行動が閣議決定されれば、正当防衛以外でも武器使用が可能となる。
<取材・文/齊藤武宏 村田孔明(本誌)>
※週刊SPA!3月2日発売号より