京都アニメーション(京アニ)第1スタジオ(京都市伏見区)で令和元年7月18日、社員36人が犠牲になった放火殺人事件で、京都府警が青葉真司被告(43)=殺人罪などで起訴=を逮捕して27日で1年となった。
事件で自身も全身に最も重い「3度熱傷」を負った青葉被告。当時の死亡率は95%とされ、生死の境をさまよう日々が続いた。最先端治療で被告の救命に当たった医師の一人で、鳥取大病院救命救急センターの上田敬博(たかひろ)教授(49)が産経新聞の取材に応じ、治療の経緯や被告への思いを語った。(桑村大)
「相手が誰であれ、助けるのが仕事。葛藤はなかった。むしろ、被害者やその家族を落胆させないためにも『死なせたらあかん』という気負いの方が強かった」。69人が死傷した事件の被告の治療に当たった胸中をこう明かす。
事件翌日の令和元年7月19日、負傷者が搬送された京都市の病院を視察中、医師から「一人の患者を診てほしい」と声をかけられた。意識不明の重体だった青葉被告。いつ絶命してもおかしくない状態で、救命できるのは広範囲熱傷治療が専門の上田教授しかいない、との頼みだった。
この日、集中治療室で被告と対面した。「救える自信も少なかったが、断るという選択肢はなかった」と振り返る。すぐに、当時勤務していた近畿大病院(大阪府)に搬送し、約4カ月に及ぶ治療が始まった。
被告への治療法は「自家培養表皮移植」。事件時、身に付けていたかばんに守られて残った腰部のわずかな皮膚の細胞を培養で増やし、シート状に加工して移植した。皮膚移植は、冷凍保存された他人の皮膚を使うことが多いが、事件の被害者に供給できない事態を避けるための選択だった。
1回目の移植手術は8月中旬に実施。手術を重ねるうちに容体は徐々に改善し、9月中旬までに計5回の移植を終えた。11月上旬には呼吸器が外せるようになり、車いすでのリハビリや食事の経口摂取を開始するなど順調に回復した。
一方で、「どうせ死刑だから」「意味がない」と投げやりな態度を見せることが多かった。食べ物の好き嫌いも激しく、スタッフに「自分は『低の低』で生きる価値がない人間だ」と話すことも度々あった。
そんな被告に対し、上田教授が「悪いことをやった自覚があるなら、罪と向き合うように」と繰り返し伝えると、次第に態度を改めるようになったという。
取り調べに耐えられる状態となり、11月中旬に京都市内に転院した被告。別れ際、「(生きる価値がないという考えを)変えざるを得なかった。自分を全力で治そうとする人がいるとは思わなかった」とつぶやいたのが印象に残っている。
逮捕から1年を迎えるに当たり、「自分のやったことと向き合ってほしい」と望む上田教授。今後も公判の行方を見守るつもりだ。