6月28日午後、千葉県八街市で下校途中の小学生の列にトラックが突っ込み、児童5人がはねられた。2人が死亡し、1人が意識不明の重体、2人が重傷。過失運転傷害の疑いで逮捕されたのはトラック運転手・梅澤洋容疑者(60)。梅澤容疑者からは基準値を超えるアルコールが検出されたという。
くしくも1週間前の21日には、東京・池袋の暴走事故の裁判で、遺族の松永拓也さん(34)が初めて被告人への直接質問を行ったことが大きく報じられたばかりだ。「今も無罪を主張しますか」と問われ、“暴走事故”を起こした旧通産省幹部の飯塚幸三被告(90)はこう答えた。
「心苦しいと思っておりますが、私の記憶では(ブレーキとアクセルの)踏み間違いはしておらず、過失はないものと思っております」
愛する家族を奪われただけでなく、事故を起こした被告の無罪主張を聞かされる遺族の心痛は察するに余り有る。
平和な日常を突然奪う“暴走事故”は、なぜ繰り返されるのか。近年、「文春オンライン」特集班が“暴走事故”について報じた複数の記事を再公開する。(初出2020年10月12日、肩書き、年齢等は当時のまま)。
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「過失犯」に問われて「全く過失はない」の異例
無慈悲な残虐事件における被告の「無罪主張」が社会の反感を買うケースは少なくないが、交通事故を発端とする公判では珍しいだろう。そもそも、交通死傷事故を巡る公判では、危険運転致死傷罪のような「故意犯」に問われて無罪主張するならまだしも、過失致死傷罪という「過失犯」に問われて「全く過失はない」と主張すること自体が異例なのだ。10月8日に東京地裁(下津健司裁判長)で初公判があった東京・池袋の暴走事件は、そうした位置づけにある。
飯塚被告は「アクセルペダルを踏み続けたことはない」
池袋で2019年、近くの主婦、松永真菜さん(当時31歳)と長女莉子ちゃん(同3歳)が乗用車にはねられ、死亡した。この事故で、自動車運転処罰法違反の過失致死傷罪に問われているのは、旧通商産業省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(89)だ。被告は19年4月19日、豊島区の道路を時速60キロで走行していたが、車線変更する際にブレーキペダルを踏もうとして誤ってアクセルペダルを踏み続け、時速96キロで交差点に進入。青信号の横断歩道を自転車で渡っていた松永さん母子をはねて死亡させ、他にも通行人ら9人を負傷させたとして起訴されている。
8日の初公判の法廷に車椅子で入廷した飯塚被告は黒のスーツ姿。弁護人に助けられて証言台前で立ち上がり、「(遺族の)ご心痛を思うと言葉がございません。心からお詫び申し上げます」と深く頭を下げた。しかし、認否に移ると、「アクセルペダルを踏み続けたことはないと記憶している。車の異常で暴走した」と無罪主張した。
被告の無罪主張に、刑事裁判の被害者参加制度を利用して検察官席の隣に座っていた真菜さんの夫・松永拓也さん(34)と、真菜さんの父・上原義教さん(63)は天を仰いだという。情景を思い浮かべるに、「非情」という言葉が浮かぶ。刑事被告人に無罪を主張する権利があるとしても、被害者遺族の気持ちを思えば、胸が痛くなる。
「上級国民」だから?
被告の主張に対して、検察側は「被告の運転ミスが原因」と反論した。冒頭陳述では、事故の約1カ月前の点検で被告の車のブレーキやアクセル機能に異常は確認されていなかったと指摘した。また、被告の車は走行中に異常が起きた場合は加速が制御される仕組みだったと説明し、事故時の記録装置にはアクセルペダルを踏み込んだデータが残っていたと述べた。
今回の事故では、そもそも、被告が逮捕されなかったことに批判が集中した。飯塚被告は東大工学部を卒業後、1953年に旧通産省に入省し、89年に退職している。2人の命を奪いながら、社会的地位のある「上級国民」だから逮捕されないのかといった反発の声が広がり、悪印象が浸透した。
被告が書類送検されたのは、事故から約半年後の19年11月。20年2月に在宅のまま起訴され、事故から公判開始までに約1年半を要した。その間、被害者遺族は被告が少なくとも「公判で罪を認める」日を待ち望んだだろう。しかし、答えは「非情な無罪主張」だった。
今回の池袋事案とよく似たケースがある。元東京地検特捜部長で弁護士の石川達紘被告(81)の公判だ。
元特捜部長も「天地神明に誓ってアクセルを踏んでいない」
石川被告は、2018年2月18日、車を路上に止めて降りようとした際に誤って急発進させ、時速100キロ超で約320メートル暴走させ、東京都港区の歩道上で堀内貴之さん(当時37歳)をはねて死亡させたとして起訴されている。問われているのは、自動車運転処罰法違反の過失致死罪で、過失犯だ。被害者は死者のみだった(けが人がいなかった)ため、致死傷ではなく致死になっている点が飯塚被告と違う。
石川被告の初公判は20年2月。事故から2年を要している。しかも、飯塚被告と同様、逮捕されることなく、書類送検、在宅起訴の手順を踏んでいる。キャリアをいうと、石川被告は1989年に特捜部長に就任し、99年~2001年に福岡と名古屋の高検トップの検事長を歴任している。検事長はいわゆる「認証官」で、天皇陛下からの認証を受けるという、まさに「上級国民」だ。
さらに、石川被告も初公判で「天地神明に誓ってアクセルを踏んでいない」と、無罪主張した。事故原因については「車体の不具合で加速した」と、飯塚被告と同様に「車のせい」にしたのだ。石川被告の公判では、事故で死亡した男性の妻が「(石川被告が)裁判で『私も被害者だ』と話しており、胸をえぐられるようだった」と証言しており、被害者遺族の心の傷に追い打ちをかける形になっている。
折しも2日に開かれた論告公判で、検察側は石川被告に禁錮3年を求刑した。この後、最終弁論公判、判決公判までのスケジュールを考えると、公判は1年近くに渡る可能性が高い。さらに、有罪判決が出て石川被告がさらに争った場合、審理は2審(控訴審)に移って長期化するだろう。飯塚被告の公判も、被告の無罪主張によって長期化が予想される。その間、被害者遺族は闘い続けなければならない。そして、石川被告の「禁錮3年」という求刑は、多くの場合、執行猶予判決の相場だ。飯塚被告の求刑は今後どうなるのか、気になるところだ。
この2被告と、ある意味で好対照ともいえるのが、2018年に前橋市内で2人を車ではねて死傷させたとして自動車運転処罰法違反の過失致死傷罪に問われ、1審で無罪とされた川端清勝被告(88)のケースだ。川端被告は事故当日に逮捕されており、当時無職で、飯塚被告や石川被告のような著名なキャリア情報はない。
被告側が「有罪判決を求めた」控訴審も進行中
川端被告の弁護側は6日、東京高裁(近藤宏子裁判長)の控訴審第1回公判で、「被告は罪の成立を認めている」として一転して有罪判決を求めた。無罪を言い渡された被告側が自ら逆転有罪を求めるのは異例で、11月25日に言い渡される高裁判決が注目される。
事故は18年1月9日朝に起きた。川端被告は乗用車を運転中に反対車線を逆走し、自転車で対向してきた太田さくらさん(当時16歳)を死亡させ、別の女性(当時18歳)にも重傷を負わせたとして起訴されていた。1審では被告が事故を予見できたかどうかが争点になり、弁護側は無罪を主張。20年3月の1審・前橋地裁判決は「被告が持病の薬の副作用で低血圧に陥り、意識障害によって事故を起こした可能性が大きい」と認定して検察求刑(禁錮4年6カ月)に対し、無罪を言い渡していた。
川端被告の弁護人は、福祉施設に入所して出廷しなかった被告に代わって「被告と面談し、有罪を認める意思確認を行った。犯した罪を償い、人生を終わらせたいと思っている。被害者(や遺族)の苦しみを思うとその思いは一層深まっている」と説明した。太田さんの遺族は閉廷後、代理人弁護士を通じ、「有罪主張に至った経緯を弁護人から聞くことができ、一定程度理解できた」などとするコメントを出している。
裁判所は被告の有罪主張だけで判断するわけではなく、当然に法と証拠に基づいて判決を出すため、今回の川端被告側の主張変更で「逆転有罪」が決まったわけではない。ただ、飯塚被告や石川被告の無罪主張が話題になる中で、被害者遺族の「一定程度の理解」を引き出した川端被告の対応は、社会的にも好感を持って受け入れられるだろう。
3人の被告はいずれも80代。大前提として、刑事被告人に無罪を主張する権利はあり、当然にそれをとがめるものではない。社会は公判の行方と、被告たちの晩節の身の処し方を注視している。
(平野 太鳳/Webオリジナル(特集班))