放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が9月13日、NHK国際放送の「Inside Lens」、TBSの「消えた天才」、北海道放送(HBC=TBS系)の「今日ドキッ!』の計3番組について、放送倫理に触れる疑いがあるとして審議入りすることを決めた。これにテレビ界では波紋が広がっている。「Inside Lens」と「消えた天才」は過剰演出があったので審議入りはやむを得ないものの、注目はローカル情報番組「今日ドキッ!」。参院選公示日前日に行った選挙報道の是非が問われているが、これがマズいとなると、テレビの選挙報道や政治報道が萎縮してしまいかねない。
「BPOの考えが分からない。このケースが問題ありとされると、テレビ界は息苦しくなる。選挙報道や政治報道がやりにくくなる」(元民放取締役)
BPO放送倫理検証委員会が審議入りする「今日ドキッ!」は、北海道放送が道内で平日の午後3時44分から同7時まで流す情報番組。その番組内で参院選公示日の前日である今年7月3日、比例区(日本維新の会)の候補者だった鈴木宗男氏(71)を約5分にわたって取り上げた。ほかの候補者は扱わなかった。鈴木氏は同21日の投開票で当選が決まり、衆院議員失職以来9年ぶりの国政復帰を果たしている。
BPOは審議入りの理由をこう説明した。
「特定の政治家(注・鈴木氏)が選挙に備える様子を紹介した。視聴者から、この一人以外の他の比例代表の候補者に触れておらず公平性への配慮に欠けるという批判的な意見がBPOに寄せられたため、委員会は北海道放送に報告書と同録DVDの提出を求めて討議した。その結果、参議院比例代表選挙に関してこれまで放送倫理検証委員会が出した複数の意見書が指摘した問題点にまったく配慮していないといった批判が相次ぎ、審議入りすることを決めた」(BPOホームページより)
ただし、公職選挙法は「選挙放送の番組編集の自由」(第151条の3)をこう定めている。
「日本放送協会又は基幹放送事業者が行なう選挙に関する報道又は評論について放送法の規定に従い放送番組を編集する自由を妨げるものではない。ただし、虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」(公職選挙法)
ウソや歪曲した内容でない限り、選挙報道は自由なのである。BPOも2017年2月、「放送局には選挙に関する報道と評論の自由がある」と声明している。なにより、「今日ドキッ!」の放送は選挙期間中でもない。
公示日前日であることが問題視されているようだが、では、いつまでならよく、また、その期間は誰が決めるのだろう。
選挙もテレビ界も所管官庁は総務省。その同省が現段階で問題視していないものを、NHKと民放でつくった自主規制機関であるBPOが問題視する理由が分からない。BPOは番組倫理の番人であると同時に、権力側からテレビ局を守る組織でもあるはずだ。
また、2013年にネットを使った選挙運動が解禁されたこともあり、テレビを含めたすべての報道機関の選挙期間中の規制を、撤廃すべきだという意見すらメディア学者たちから上がっているのである。そんな流れにも逆行していないか。
「今日ドキッ!」が公選法に触れることはないだろうから、残された問題は放送法に触れるかどうか。同法の核心部分は同法4条だ。定められているのは以下のことである。
1 公安及び善良な風俗を害しないこと。
2 政治的に公平であること。
3 報道は事実をまげないですること。
4 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
「今日ドキッ!」が牴触する怖れがあるのは「政治的に公平であること」。だが、BPOは従来、放送法4条は「倫理規範」(努力目標)に過ぎないとしてきた。行政処分などが伴う「法規範」と主張する政府・自民党と相反していたのだ。努力目標に過ぎぬと考えているものについて、審議入りする理由もまた分からない。
政治的公平といえば、思い出されるのは2016年2月、当時の高市早苗総務相(58)の言葉だ。高市氏は「政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、電波を停止できる」と発言。するとBPOは強く反発した。これもBPOが放送法4条を倫理規範に過ぎないと考えていたから。それを考えると、「今日ドキッ!」で審議入りするBPOは以前と変質した気がする。
BPOの現在の姿勢に影響をおよぼしているかどうかは定かではないが、今年4月から放送倫理検証委員会はメンバーが入れ替わった。リベラル色が色濃いように映った映画監督の是枝裕和・委員長代行(57)や骨太の反権力ジャーナリストとして知られる斎藤貴男委員(61)らが今年3月で退任した。2007年に放送倫理検証委員会が発足して以来、一かじ取り役を務めた弁護士の川端和治前委員長(73)も2018年3月に退任している。NHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員は視聴者とは無縁のところで決まるが、BPOの委員もまたそうなのだ。
話を政治的公平に戻す。多くの先進国のテレビ界には政治的公平など求められていない。米国のフェアネス・ドクトリン(公平原則)は1987年に廃止された。政治的に公平な放送の実現などそもそも不可能に近いことなどが理由だ。
事実、日本の与党支持者も野党支持者も多くが「テレビ報道は公平ではない」と考えているに違いない。誰もが公平と思う政治報道の実現など至難の業なのである。
小泉進次郎環境相(38)ばかりをワイドショー、ニュースが連日取り上げる現状が、政治的に公平であるはずがない。それでもテレビ報道が許されてきたのは、政治的公平とはもともと曖昧なものであり、それを厳密化しようとすると、報道の自由が阻害されかねないからである。
できもしない政治的公平が、テレビ界を縛り続けると、政府・与党の思うつぼだろう。「政治的公平ではない」とクレームを付けるのは簡単なのだから。抗議を受けたテレビ局側は「政治や選挙は扱わないほうが無難」となってゆきかねない。
日本は2017年、報道の専門家である国連のデイヴィッド・ケイ特別報告者から、放送法4条の廃止を勧告された。ケイ氏は「4条は報道規制につながる」と厳しく非難している。事実、政府・与党側は4条を使えば、気にくわない報道をするテレビ局に対し、「政治的に公平ではない」と、行政指導することも可能。停波に追い込むことも出来る仕組みなのだ。こんな権力側に合のいい法律、ほかの先進国にはない。
高市早苗氏は再び総務相となった。前出の元民放取締役は「またテレビに目を光らせるのではないか」と語る。後ろ盾とささやかれているのは総務族の実力者・菅義偉官房長官(70)である。「憲法改正に向けて、まずテレビを黙らせるつもりなのかもしれない」(同。元民放取締役)。そうなった際、政府・与党が駆使するツールとなるのは放送法4条にほかならないだろう。
「今日ドキッ!」の審議の行方、それに対する政府の反応から目が離せない。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。
週刊新潮WEB取材班編集
「週刊新潮」2019年9月24日 掲載