カローラ・セダン/ワゴンが意味するもの

9月17日、トヨタ自動車は新型カローラ・セダンと同ワゴンを発売した。カローラは1966年以来、販売累積は4750万台にも及ぶトヨタ屈指の大名跡だ。

振り返ってみれば、カローラはパブリカの営業的失敗を踏まえてデビューした。初代パブリカも初代カローラも元航空エンジニアの長谷川龍雄氏による設計だ。

国民車構想とその反省
パブリカのデビューは1961年。先行するクラウンやコロナは法人向けタクシー向けが多く、事実上、トヨタ初のオーナードライバーモデルである。パブリカは、当時の通産省(現経産省)による国民車構想に沿うもので、同構想では定員や、最高速度、価格から燃費、メインテナンス性まで通産省が事細かくガイドラインを設けていた。

背景としては、1960年代に段階を追って自動車輸入の自由化が迫っており、通産省はまだまだ弱小であった日本の自動車産業の生き残りを賭けて、国産車の早急な性能向上と、普及を図りたかったことがある。

平均大卒初任給が1万5700円という当時の所得水準で、庶民が買うことを考えれば、とにかく安価にしなくてはならないと通産省は考え、国民車の価格を42万5000円以下に設定した。パブリカは38万9000円と指定価格を大幅に下回ったが、価格で競うならば、同じ国民車構想商品の軽自動車、スバル360は36万5000円であり、かつ時代は急速に高度経済成長時代に突入していく。たった7年後の1968年には大卒初任給は2万9100円まで急増していた。マイカーのある生活を夢見るユーザーから見ると登録車としてはパブリカはあまりにも質素過ぎた。

庶民の夢とポスト「いつかはクラウン」
そうした状況を踏まえてカローラは誕生する。だからカローラは最初からミニマルなクルマではなく、庶民の夢のクルマとして誕生したのである。デビュー時のライバル、日産サニーに対して「プラス100ccのゆとり」を掲げ、サニーの1000ccに対して1100ccユニットを搭載したあたりからも、そのコンセプトは伺える。価格は43万2000円。

少々言葉は悪いが、「中の上」こそがカローラだった。以来、日本人が豊かになるにつれて、モデルチェンジのたびに着実に高級方向にシフトしていったカローラは、バブル期に開発された7代目(100系)でその頂点を迎える。そこが「前モデルより高級」で進める行き止まりだった。

8代目以降、カローラはそれ以降のカローラの価値を形作る新たな道を開拓する以外なくなったのだが、トヨタの大看板車種であり、期待が大きい分、船頭も増える。開発責任者といえども、自分の好きなように作れるクルマではない。スター車種であるがゆえに、大胆な変更ができずカローラは茹(ゆ)でガエルになっていく。

最量販車種の座をプリウスに奪われ、ファミリーカーの本流の座はノア/ヴォクシーに奪われた。気がつくとカローラは「年寄り向けの地味なクルマ」でしかなくなっていた。

TNGAと過去への決別
そして12代目の今回だ。ここで変わらなければカローラは終わっていたかもしれない。もはや大変革をやるしかない状況、折しもそこにTNGAの大改革がやってきた。

この連載をお読みの読者なら先刻ご承知の通り、TNGAはトヨタの強靭化(きょうじんか)革命であり、賢くコストダウンを図りながら、性能向上と両立させるものだ。どちらかひとつでは許されない。

すでに先行して発売されているハッチバックのカローラ・スポーツには何度か試乗しているが、先代とは隔絶したシャシー性能が与えられている。特に旋回性能は素晴らしく、カローラ・スポーツの最初の試乗会が行われた富士スピードウェイでは、そのハンドリングに驚いた覚えがある。だからといって完璧ではない。直進性にはまだ改善の余地があるし、プリウスやC-HRにも使われるこのシャシーはザラザラした路面では床板の共振ノイズが少々大きい。

それでも、世界のCセグメントと戦えるポテンシャルを手に入れたことは明らかだ。ボディデザインもまたトヨタの新境地である。TNGA改革以来、トヨタはコンサバティブなデザインを捨て、攻めたデザインに一気にシフトした。慣れないトライをした結果、TNGA第一弾のプリウスは豊田章男社長自らが「カッコ悪い」と認める惨憺(さんたん)たる結果になったが、あそこからたった3年で、カローラ・スポーツのデザインまでたどり着いたトヨタの底力は見事だと思う。

3つのメインディッシュ
トヨタの説明によれば、世界各国で販売されるカローラは、地域によって求められるキャラクターが異なる。欧州では「スポーツ」、アジアでは「高級」、そして日本では「コンパクトな取り回しの良さ」が求められるという。

確かにCセグメントという商品特性を考えれば、競合車も同じような条件が求められだろうが、販売台数が台数だけに、カローラでは少し事情が違う。

求められる3つの要素には普通はプライオリティが付く。しかしカローラはその3つ全てがメインディッシュになっていなければならない。そんな無茶な要求を同時に求められ、それに真面目に対応するクルマはそう多くない。

だからカローラとは何か? と問われたら「スポーツ」「高級」「取り回し」の3つを同時にかなえるクルマだといえるだろう。それこそがカローラであり、同時にカローラの難しさでもある。

ここでTNGAがその本領を発揮する。例えばトレッドとホイールベースというクルマの基本を決めるディメンジョンすら、日本仕様だけコンパクトな数値が与えられる。TNGAでは、あらかじめ変動する部分を織り込んで設計を行い。同時に絶対に変えない部分を決める。それはつまり最初から仕様の詳細をバリエーションまで含めて折り込み、どのバリエーションでも最適になるように設計することだ。

ただ、ハードとしての変化対応はそれでまかなえても、ソフトとしてのキャラクターがそれで解決するかといわれると、そこはまた別問題だ。

例えば、かつてのカローラは「いつかはクラウン」というトヨタワールドの途中の1ステップだった。車格によって階層化され、割り振られた全体図の魅力でトヨタワールドの一断面としてカローラを見せることができた。しかしとうの昔に「いつかはクラウン」という時代は終わっている。

反コモディティ
今は世界中のクルマが、ヒエラルキーなしでテーブルの上に置かれている状態だ。流行りのSUVを見ると、サイズや価格の違いがヒエラルキーになっていないことがよく分かる。その中から「選ばれるクルマ」であるために、カローラはカローラとしての確固たるキャラクターがなくてはいけない。

そういう目で見た時、世界の異なる市場にマルチに対応できることは作り手側には意味のあることかもしれないが、買う側にはあまり関係ない。アジアでは確かにカローラを「ありがたい高級車」と思うユーザーが多いのだろうが、日本の顧客でカローラを高級車だと思う人はいない。ではその高級車としての素養が何も役に立たないのかといえばそうではなく、いくらヒエラルキーがないといっても、ヴィッツではなくカローラを選び、エクストラコストを払う意味は支えてあげなくてはならない。

というある種カオスなマーケットに、カローラ・セダンとワゴンはデビューする。豊田社長は常日頃から「コモディティ化させない」と主張している。それは「機能すれば何でもいい」ではなく、「自分のものにしたい。身近に置きたい」と思わせることだ。

そういうものになっているかどうか。その判断は難しい。多分キーワードは「キャラ」だ。例えばSUVはその多くがキャラ商品だ。しかしながらセダンやワゴンはそのキャラを付けるのが難しい。その中でどうやって戦っていくのか、近々試乗会があるとのことなので、そこでカローラのキャラが見つかるかどうか、真剣に向き合ってみたいと思う。

(池田直渡)