◆コロナ第6波の隠された「現実」
陽性者の数が連日過去最高を記録。東京都の自宅療養者数は初めて5万人を超えるなど、オミクロン株が猛威を振るっている。まん防が適用され、夜の歓楽街からもめっきり人は減った。
しかし、世間の空気はどうも緩い。オミクロン株=風邪のようなもの、重症化しない、といった言説が蔓延し、これまでの緊迫感はだいぶ薄れたように感じられる。
そんな中、コロナ禍最大の修羅場と化しているのが、救急訪問診療の現場だ。政府の方針もあり、今、公的な医療にアクセスできない人が急増。そのしわ寄せが、民間の救急訪問診療業者を直撃している。
その過酷な現場を訪れると、コロナ第6波の隠された「現実」が垣間見えた。
◆第5波以上の修羅場が医療現場を襲撃
オミクロン株の都内の陽性者数が初めて1万人を超えた日の夕刻。救急訪問診療専門の民間業者「ナイトドクター事務局」(本部・東京都港区)を訪れると、そこは異様な空気に包まれていた。患者からの医師派遣依頼の電話がひっきりなしに鳴り響き、10名ほどのスタッフたちが鬼気迫る表情で対応している。どの顔も土気色で、髪は寝癖が目立つ。暗く窪んだ目が蓄積された疲れを物語る。
代表の菊地拓也氏が取材に応じてくれた。
「年が明けた瞬間から、電話が鳴りっぱなしの状態になった。9割がオミクロン株の感染を疑われる患者さんからの電話です。第5波のときも我々の現場は修羅場になりましたが、今回はそれ以上。ここまでひどいか、と痛感するほどの感染力を目の当たりにしています」
菊地氏自身、今年に入ってから事務局に泊まりっぱなしで、一度も帰宅できていない状態だという。
◆「オミクロン株は重症化しない説」に違和感
感染率は高いが重症化率は低い、とされるオミクロン株。だが、訪問診療の最前線に身を置く菊地さんの見方はどうか。
「たしかに軽症の患者さんが大半を占めるのは事実。ただ、みなさん誤解していますが、軽症と言っても熱は40度近く出るのが普通だし、『倦怠感や頭痛、咳の症状の重さは風邪の比じゃない』と訴える患者さんがほとんど。
免疫力が落ちている患者さんで医療にアクセスできない場合、重症化する可能性もある。このまま感染が拡大していけば、重症患者、死者の数は増えていくだろうと見ています。『オミクロンは重症化しないから大丈夫』という論調には違和感を覚えますし、『甘く見ていた。咳が止まらなくて眠れない』と苛まれる姿をたくさん見ています」
ナイトドクター事務局にSOSの電話をしてくる人の多くは後者であり、その場でPCR検査を実施するとかなりの確率で陽性判定が出るという。
菊地は言う。
「いわゆる隠れ陽性者が大勢いる状態。ここ最近、弊社には連日、約4000件もの医師派遣要請の電話がありますが、ドクターやドライバーの人数に限りがあり、実際に訪問して診療できるのは多くても150件程度。辛くて電話してくる患者さんのことを思うと胸が痛みますが、どうしようもありません」
◆医療崩壊のしわ寄せが民間に押し寄せている
巷には「オミクロン株は風邪のようなもの」と安易に考える風潮が蔓延しており、第5波以前のような緊張感がないのは明らかだろう。しかし、
「オミクロン禍ならではの特性が、これまでとは違う種類の危機を引き起こしている」
と語るのは、事務局に登録しているERドクター(救急医師)のA氏だ。
「感染率が非常に高いので、これまで以上に医療従事者たちが警戒し、発熱のある患者を断る病院も急増しています。仮に無症状や軽症であっても、医療従事者が感染してしまうと病院の機能がストップしてしまいかねないから、です。
この取材で私が名前を名乗れないのも、救急で働いていることを周囲に知られたら余計な混乱を招く懸念があるからなんです……。今は受験シーズンということもあって、相当ピリついています。実際、中学受験組のご家庭は受験生を登校させず、ご家族もリモートや休暇を使って休み、ウイルスから逃げるような生活をしています。『病院や街の検査場に行くのが怖い』というのが、我々を呼ぶ動機でもあるのではないかと」
病院にも行けずに自宅で苦しむ患者や、感染の恐怖に苛まれる人たちにとって、医師が自宅まで来てくれる訪問診療は数少ない頼れる存在だ。しかしながら、医師たちは仕事を誇るどころか隠さねばならない現実もまた、新型コロナウイルスがもたらす弊害と言えるかもしれない。
取材で訪れた夜、記者はA医師に同行し、夜間の訪問診療の現実を目の当たりにした。
◆「こんなに辛いの初めて」訪問診療の現場に同行
夜20時過ぎ、東京都・狛江市在住の客から電話が入る。高熱でうかされ、動くのも辛いという。専属ドライバーが全員出払っていたため、代表の菊池氏が車を運転。途中、ドクターを拾い、現場に急行した。
菊地氏は言う。
「まだ20代なので本来なら優先順位は低い。でも、動けないということなので診療に向かうことを決めました。コロナ陽性の疑いが強いため、検体採取を先行したほうがいいとの判断です」
現場のワンルームマンションの一室で、20代の男性は真っ赤な顔をして、体を震わせていた。
「熱がぶわっと出て、こんなに辛いのは初めてです」
すぐに熱を計ると39度5分。2日前に発熱し、今までずっとただ寝たきりで、水分も食事も受け付けなくなり、体力が低下している状態だ。
A医師はすぐに男性に解熱剤を服用させ、水分と栄養補給のための点滴をうちはじめた。同時に、PCR検査を実施。結果は24時間以内に判明し、検査結果を持ってまた往診するシステムなのだという。
A医師は男性に優しく語りかけた。
「極度の脱水症状に陥っていました。辛かったでしょう。陽性かどうかは明日までわかりませんが、これでとりあえず熱は少し下がって楽になると思います」
後日、この男性はオミクロン株への感染が判明した。
◆一人暮らしに潜む重症化の恐怖
若い人は感染しても重症化しないという“常識”が流布されていることにA医師はこう警鐘を鳴らす。
「たしかに先日の男性はコロナの症状としては軽症でした。でも若い人の自宅療養を推奨する昨今の政府の方針によって、医療にアクセスできず、発熱による脱水症状などにより、命の危険にさらされるケースが増えています。一人暮らしの方はとくに、こうした状況に備えて非常食や水、解熱剤を常備しておくことを強くおすすめします」
オミクロン株を舐めてはいけない。それを痛感した夜だった。
取材・文/片波 誠