この度の在宅療養支援診療所の医師、鈴木純一先生はじめ、在宅医療関係者の方々が受難された事件について、私自身は面識がないながらも、懸命に地域医療に尽力している同志の受難は残念でなりません。心より哀悼の意を表します。
弔問に行かれるような方なのでとても誠実な先生なのだろうと思います。そして、誠実に治療をしていても、分かり合えないことはあるのだと痛感しております。実のところ、われわれと合わない患者さんはあまりいないのですが、合わないご家族、というのはしばしばあります。
患者さんご本人は当初誤解などがあっても、私が訪問することで体調が安定することを実感されたりすると、徐々になじんでくださいます。
しかしながら、ご家族に関しては、とくに私の訪問に同席できない、または、私と接する時間が短いご家族との関係が難しいことがしばしばあります。人間同士なので、実際問題「合う・合わない」というものはあるものだと思います。
私はご家族との関係がある程度努力しても無理だと感じたら、同じ地域の他の先生に転医(別の医師に替えること)をお願いしています。当院の至らなさを痛感しつつ、お願いしています。逆に他の医療機関で合わない方がうちで合うこともあるのでそれもお互い様かと思います。
今回の事件を受けて、皆さまが私の無事を願う旨、言葉をかけていただきますが、人は思いがけない最後を迎えることはあるものです。ふだん気をつけていても、交通事故にも遭うこともあるでしょう。
また、われわれの仕事は、心を扱うものである以上、心の問題で受難することはありうることです。だからといってこの仕事は危険だからやめるかといえばやめません。危険以上の喜びのある仕事だと私は考えているからです。
たとえば、高齢者家庭で「転倒したらどうしよう」と心配するご家族に私はいつも言います。「転倒ね、するよ。転倒する。誰も転ぼうと思って転ぶわけじゃなくて、気をつけていても転ぶのです。『転んだらどうしよう』と、困る前から困る必要はないです。転んだらすぐ対応できるように私たちがいるのです。本当に困ることが起きたら私たちと一緒に困りましょう。対応します」と伝えています。自分についても同じように思っています。用心していても起こることは起こります。でも、困る前から困る必要はないかなとも思っています。
とはいえ、次第に事件の概要がわかるようになってきて、辛い気持ちにもなっているのも事実です。でも、問題行動を起こす人は問題を抱えている、困っている人です。犯人は「困っている人」です。私はこの犯人の話を聴きいてみたい、そう感じています。
聴けば解決するような相手ではないのかもしれません。それでも、たとえ理不尽で自己中心的だとしても、この犯人の思いを聴かなければ、この事件の真の意味での解決にならないと思っています。
おかやま・ようこ 昭和46年大阪府生まれ。平成8年京都府立医科大学卒。麻酔科学教室、集中治療室。27年おかやま在宅クリニック(京都市中京区)開設。日本麻酔科学会認定専門医、日本プライマリケア連合学会認定医、指導医。