与野党からは、1日に死去した石原慎太郎氏を悼む声が相次いだ。
自民党の安倍元首相は1日、記者団に「戦後に形作られた既成概念に挑戦した政治家だった。物議を醸す発言もしたが、批判を乗り越える強さがあった。常にさっそうとした姿勢で
闊歩
(かっぽ)する姿には多くの人が憧れを持ったのではないか」と振り返った。
二階俊博・元幹事長も「新しい感覚、角度で、色々な面で積極的な発言をされ、我々も大いに指導、触発されてきた。惜しい政治家を亡くした」と悔やんだ。
石原氏は1989年、党総裁選に出馬し、海部俊樹氏に敗れた。当時、推薦人として支えた亀井静香・元金融相は「(総裁の夢は)かなわなかったが、『太陽は沈むが、また常に昇る』と言葉をかけてあげたい」と語った。
72年の衆院初当選同期だった山崎拓・元副総裁は、石原氏について「国民的な人気を背景に政治基盤を築く手法の先駆けだった」と指摘。中曽根、小泉両元首相と手法が似ているとし、「(両氏は)仲間づくりをして最終的に首相となったが、石原氏はそれをしなかった。一匹おおかみだった」と述べた。
石原氏は2012年11月、共同代表を務めていた太陽の党を橋下徹大阪市長(当時)が代表だった旧日本維新の会に合流させ、14年の分党まで両氏で維新を率いた。
当時幹事長を務めた日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は1日、記者団に「経験豊富で、僕らを補っていただいた。非常に優しかった」と振り返り、「本当にタフガイで、100歳ぐらいまでお元気なんだろうなと思っていた。非常に寂しいし、残念だ」と惜しんだ。