《旭川14歳少女イジメ凍死》公文書入手で判明した学校側に歪められた“イジメの真実”「なぜ市教委は被害者の聞き取りを行わなかったのか?」 から続く
「爽彩(さあや)に帰ってきてほしい。今もそれしかないです。でも無理なんですよね……。本当は一周忌の法要もやりたくないです。爽彩が亡くなったことを認めないといけないことになってしまう気がして。でも、供養をしないと爽彩が天国で幸せになれないかもしれないから。こうやっていつも気持ちが矛盾するんです。この1年、ずっと爽彩を失った実感がない気持ちが続いています。受け入れられていないから、普通でいられるのかなと思ったりはしているんです」
昨年2月13日に自宅から失踪し、翌月に北海道旭川市内の公園で凍った状態で発見された当時中学2年生の廣瀬爽彩さん。一周忌を前に爽彩さんの母親が文春オンラインの取材に、現在の心境について声を詰まらせながら語った。( #1 から読む/ 前回 を読む)
◆◆◆
文春オンラインでは、これまで爽彩さんが凄惨なイジメを受けていたこと、失踪直前までそのイジメによるPTSDに悩まされていた事実などを報じてきた。これらの報道を受けて、昨年4月、旭川市教育委員会はイジメで重大な被害を受けた疑いがあるとして「重大事態」と認定。昨年5月に第三者委員会が設置され、イジメの有無や爽彩さんが亡くなった因果関係などの再調査が行われているが、生前、爽彩さんは匿名のアカウントを使用してSNSにイジメを受けていたことを投稿していた。関係者によると、自殺未遂から1年後の2020年5月21日に書き込んだものだという。
〈《私は前の学校でいじめを受けていました。酷いものなのかも私には分かりません。辛いのかももう分かりません。でも私の中に深く残っていることは確かです。その時の話をしたいと思います》〉
〈《いつのまにか先輩達に頼まれて自慰行為まで見せることになってました。私は最初断りました。でも先輩のお願いだからと頑張って見せました。そしたらまた言われました。写真や動画も要求されることもありました。途中から羞恥心なんてありませんでした。何が何だかわかりませんでした》〉
〈《勉強も今は遅れが酷くて何も分かりません。分かろうとも思えません。頑張らなきゃという気持ちだけが空回りしてる感じでとても気持ちが悪いです。いじめを受けたのは3ヶ月程なのに、もういじめを受けてから1年たちそうなのに私は何もできません。何もかもが怖くて怖くてたまりません》〉
この投稿から約9カ月後に爽彩さんは天国へと旅立った――。イジメ被害に遭い、恐怖を感じて心身が壊れていくことを自身で感じながらも、前へ進もうとしていた葛藤が綴られていた。爽彩さんのイジメ事件は社会問題となり、事件から1年近く経った今も連日のようにメディアやネット、YouTubeなどでも取り上げられている。母親はどう受け止めているのだろうか。
『助けてあげたかった』という方の思いはすごくありがたい
「SNSで悩みを打ち明けていた爽彩ですが、恐怖に怯えてどれだけ傷つき、苦しんでいたか。みなさんが注目されたのは、未成年の子供たちが携帯やSNSを使って画像を拡散するなど、現代を象徴するようなイジメになってしまったからかもしれません。爽彩が失踪後に凍った状態で発見されたことで、いろんな方に『お母さんは何で自殺にしたいんですか?』『殺人だと思っていますか?』と、聞かれることが多いのですが、私にはわかりません。爽彩はネットの友達にSNSで自殺を仄めかして出ていったということは事実なので、自殺の可能性が高いっていう警察の判断は間違ってはいないと思うんです。首を絞められたり、拘束された痕はなかったので、明らかな事件性はなかったということだと思います。
私が母親としてというよりは一人の人間として考えた時に、爽彩のことをきっかけにイジメ問題に関心を持ち、『助けてあげたかった』という多くの方の思いはすごくありがたいです。私は爽彩が子供の頃からずっと虐待児を救いたいということを目標に仕事をしていた。たくさんの人が興味を持つことが、虐待やイジメなどから子供たちを救うきっかけになると思います」
「セカンドレイプだったかも…」名前を公表したことに今でも葛藤
加熱する報道の一方で母親に対して「虐待母だから死ね」「人殺し」などとメールが届くなど、ネット上にも事実無根の誹謗中傷が広まった。何者かによって真夜中に玄関のノブが動かされたり、窓ガラスにへばりついて室内を覗かれるなどのイタズラや脅迫電話も続いた。一部マスコミからの心無い質問に「精神的に持たない」と追い込まれた時もあったと振り返る。
「『どんなふうに凍っていたか?』『どんな形で体が曲がっていたか?』『娘さんが亡くなってどんな気持ちですか? 悲しいですか? 辛いですか?』など、思い返すのも辛い質問ばかりでした。私は一般の会社で働いているのですが、『働いている姿を撮らせてほしい』というお願いもありましたが、私が顔を出すことでいろんな方に迷惑をかけたり、取引先にも迷惑をかけたりするということを何度も説明してきました。中には『取材を受けてよかったと思わせます』と話すメディアの方もいましたが、私の中では娘の名前を公表したことに今でもずっと葛藤があります。
報道によって多くの方が注目してくれたから、第三者委員会が立ち上がって、事態が進んだという部分では、本当に良かったのかなとは思うんです。でも、私が娘の性被害についてセカンドレイプのようなことをしたのは間違いないので、やはりそこは世界で一番悪い母親なんじゃないかと、思い悩んでしまうことが増えています。マスコミに扱われたからよかったとか、きっとそういう思いの遺族はいないと思います」
『心配しなくていいんだよ。私、寂しくないよ』と夢の中で
爽彩さんの死後、「1度だけ夢の中で会えました」と、母親は初めて穏やかな表情を見せた。
「もともと夢を見ることはほとんどないのですが、昨年のお盆後くらいに1度だけ夢に爽彩が出て来てくれました。すごく不思議な夢で爽彩は『心配しなくていいんだよ。私、寂しくないよ』って話すんです。空の上にある爽彩の家に連れて行かれて、クローゼットに生前、爽彩が着ていた服が掛かっていて、『着せてくれた服しかないから、たまには新しい服を買ってよ。爽彩だけ新しい服がないんだけど』って、いつも通りの口調で言われたんです。そして、『ママがご飯を食べないのはいいけど、爽彩にもお菓子ばかりじゃなくてご飯を毎日あげてよ』って。私が食べれるの?って聞いたら『そういう問題じゃない』って言われて夢から覚めました(笑)。その日に爽彩の新しい服を買って、仏壇の横にお供えしたんですけど、夢に出てきてくれたのは、それが最初で最後です」
市教委は、一刻も早くイジメに関する情報を開示してほしい
仏壇の爽彩さんに手を合わせて調査結果の報告をすることは叶わなかったが、市教委に対しては、2019年のイジメに関する情報を開示してほしいと訴える。
「爽彩がイジメに遭った当時から市教委には弁護士を通じて情報開示を求める書類を送り続けています。報道された翌日の昨年4月16日に、市教委から『弁護士から請求はありましたが、お母さんの気持ちとしても情報開示してほしいですか』と、確認がありました。もちろん、『開示してください』と伝えましたが、それから返事もなく、開示もされていません。何をしても爽彩はもう帰ってきません。でも、私は真実が知りたいです。この1年、いろいろなことがあり、爽彩と向き合う時間がありませんでした。一周忌を終えたら、爽彩のことだけを思って少し静かに暮らしたいと思っています」
旭川には爽彩さんが姿を消した1年前と同じように大雪が降り積もっていた。
◆ ◆ ◆
中学2年の少女を死に追いやったのは、誰か?
凄惨なイジメの実態、不可解な学校の対応――。遺族・加害者・関係者に徹底取材した文春オンラインの報道は全国的な反響を呼び、ついに第三者委員会の再調査が決定。北の大地を揺るがした同時進行ドキュメントが「 娘の遺体は凍っていた 旭川女子中学生イジメ凍死事件 」として書籍化。母の手記「爽彩へ」を収録。
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))