◆野党共闘をめぐる「立民のドタバタ」
「立民、孤立回避へ共闘模索 維新や国民と新国対会合」
産経新聞がこの記事を配信したのは、2月14日月曜日夜半のこと。
たちまちTwitterをはじめとするSNSは、いわゆる「野党共闘」を支持する人々からの「約束違反だ!」「共産党を排除するとは何事だ!」との声で溢れかえることとなる。#立憲民主党は維新と手を組むな #維新と組むなら立民は金輪際支持しません などのハッシュタグが、次々とTwitterの「トレンド」入りし、その勢いは翌朝になっても衰えることはなかった。
翌朝になって立憲民主党は対応に動き出す。15日午前、当事者である立憲民主党の馬淵澄夫国対委員長は、謝罪の意を直接述べるため、共産・れいわ・社民など各会派を行脚。その後に開かれた記者会見でも改めて共産党をはじめとする野党各党への謝罪を表明し、ことの顛末を説明した。これを受け、立憲民主党の泉健太代表はツイッターに「この件について、我が党の国会対応に問題があったことから、今朝、幹事長と国対委員長に是正を指示いたしました。立憲民主党は、国会で野党各党を代表して与党側と交渉する立場として、共産党を除外することも、維新と組むことも、考えておりません。」と投稿し、党の姿勢を明らかにしている。
しかし今度は、その姿勢が「朝令暮改」と揶揄されることとなった。<参照:産経新聞>
一連の騒動を振り返ると、ざっとこういう流れだろう。おそらく「野党共闘支持」あるいは「支持政党はないが、自民公明維新は嫌だ」という人たちも、一連の騒動をこう認識しているだろう。
◆「いつものパターン」だった絵図
だがここで気になることがある。
騒動の発端から締め括りまで、全て、事態は産経新聞の報道に従って推移したという点だ。
産経新聞の「書き振り」の特殊さも気に掛かる。読売新聞、NHK、朝日新聞なども、産経新聞に追随する形で本件を報道しているが、どの社も軒並み「共産党との協議は別途、継続する」と併記している一方、ただ産経一社だけが「共産党が排除された」ことを前面に出す書き振りになっている。さらには、産経新聞のみが、立憲・維新・国民・有志による国対の協議体を「共闘」という言葉を使って表現している点も特異と言えるだろう。産経の記事からは、どうしても、今回模索された立憲・維新・国民・有志による「国対情報交換のための協議体」が、あたかも「共産党と手切した、新しい共闘の形」であるかのように読めてしまうのだ。
しかし実態はそうではなかった。あくまでも、立憲民主党の国対が目指したものは国会対策のための新たな協議体を”追加でさらに作る”だけのことでしかなかった。既存の協議体--つまり共産党との協議や、れいわ・社民党の他野党との協議体--を解消するなどということは、立憲民主党の側の意図にはなかった。平たく言えば、「有志の会から、国対情報交換の協議体を新たに作ってくれとの申し入れがあった。その新たな協議体に維新と国民が参加する。共産党との協議はこれまで通り、別途、維持していく」というだけのこと。それだけであれば、与党と直接対峙して国会対策を行う野党第一党として、当然の”責務”でさえある。現に、共産党の小池書記局長も「国会で政党間で情報交換をすることはありうることだ」と述べ、「立憲が、国会対策のために維新と協議する」ことに理解を示しているではないか。
問題は、産経の記事が、あたかも「これまでの野党共闘は解散。新たにできる国対協議体が、これからの野党共闘」と受け止められかねない内容であった点に尽きる。
つまり今回の騒動は、見ようによっては、「産経新聞が野党分断の意図を持って記事を書き、その記事に、こともあろうに野党の政治家と支持者が乗せられ、憤慨し、まんまと産経新聞の意図通り、分断されていく」という旧民主党時代から繰り返される、”いつものパターン”の一種でしかないのだ。
◆馬淵国対委員長の責任
だが、責められるべきは、産経新聞や、産経新聞の分断工作にまんまと乗った野党とその支持者たちだけではない。
誰よりも責められるべきなのは、立憲民主党の馬淵澄夫国対委員長だろう。
繰り返しになるが、「有志の会から、国対情報交換の協議体を新たに作ってくれとの申し入れがあった。その新たな協議体に維新と国民が参加する。共産党との協議はこれまで通り、別途、維持していく」ことそのものは、なんの問題もない。共産党の小池書記局長さえ認めている通りだ。
しかし問題は、「新たな協議体を作る」「新たな協議体には国民と維新がいるので、共産党はその新たな協議体には入れない」「共産党との協議体はこれまで通り継続していく」などという話を、予算審議が実質的に終わる今になって、ようやく行っているというタイミングの問題だ。
衆議院の予算委員会では既に中央公聴会が始まっている。国会のスケジュールから言えば、この後どんなことがあろうとも、予算は粛々と可決されてしまう。予算さえ通ってしまえば、政府・与党にとってもはや通常国会は実質的に終了。この後の国会日程は、いわば、消化試合のようなものに過ぎない。そのようなタイミングになって、野党第一党の国対委員長が「野党各会派との国会対策の新たな枠組みを作る」などと口走っているのだ。遅きに失しているのだ。これまで一体何をしてきたのか。端的に言って職務怠慢であり、その職務怠慢ぶりはもはや異常とさえ言えよう。一連の騒動については、共産党だけでなく、維新もことの発端となった有志の会も立憲民主党に対して不満の意を表明しているが、野党第一党の国対委員長がここまで職務怠慢なら、野党各党が怒るのは当然だ。
◆対外コミュニケーションすらこなせない
馬淵国対委員長の問題は、職務怠慢だけではない。
ことのあらましは、「有志の会からの申し入れに従い、国会対策のための新たな協議体を作る。その協議体には、維新と国民が参加する。したがって共産党は入らない。共産党とはこれまで通り別途、既存の協議体で話をしていく」というなんの問題もない極めて単純な話でしかない。しかしたったこれだけのことが、メディアに素直に伝わらず、誤解が誤解を生み、大きな騒動になってしまった。つまり、馬淵氏率いる今の立憲民主党国対委員会は、メディアとまともに話することさえ出来ていないのである。前掲の泉代表によるツイッター投稿を見てもらいたい。あの投稿の中には、なぜか今回の騒動に関係のないはずの、幹事長の役職名が書かれている。おそらく泉代表からすれば「馬淵国対は、メディア対応ができていない」という悲しい現実を直視し、その上で、馬淵国対の体たらくを救済すべく、幹事長に救援を命じたのであろう。なんとも悲しい話ではないか。あれだけ蛇蝎のように嫌われた、枝野体制時代にさえ見られなかった醜態だ。
おそらく、馬淵澄夫氏が国対委員長を務め続ける限り、こうした問題は繰り返され続けるだろう。スケジュール管理もできず、対外コミュニケーションさえまともにこなせない人物が要路に立てば、組織の内外が混乱するのは必定だ。
現に、騒動から丸一日経った16日にも、馬淵氏は極めて危うい発言をしている。
今後の予算委員会に、れいわ新選組の質問時間を確保し、山本太郎代表の予算委員会質問もありうると示唆したのだ。この発言も冷静に考えれば、れいわ新選組を愚弄する発言である。もはや中央公聴会が終わり、政府与党にとって予算委員会になんの価値もなくなったこのタイミングになって初めて、「れいわさんにも、予算委員会に加わっていただく」というのは、言葉は丁寧で優しげであるが、実質、「宴会は終わった。うまい料理は俺たちが食べた。しかし残飯はある。お前らは残飯を食ってるのがお似合いだ」と言っているに等しい。馬淵氏の発言を一部のれいわ新選組の支持者などは喜んで受け止めているようであるが、それは国会日程や議事進行の意味合いについての知識がない一般の有権者だから喜んでいるのであって、本来であれば、「我が党を愚弄するのか」と関係が悪化してもおかしくない出来事だ。なぜもっと早くやらなかったのか、なぜ今頃なのか、真摯な反省が必要だろう。
こう考えると、答えは一つしかない。
立憲民主党は可及的速やかに、馬淵澄夫氏を更迭すべきである。
そうでなければ、馬淵氏の職務怠慢とスケジュール管理の甘さと国会日程へのセンスのなさから、党の内外に、取り返しのつかない災禍が繰り返し生まれるに違いない。
<文・湯山四郎>
【湯山四郎】
永田町界隈のフィールドワークを得意とするアラフィフライター。普段は各誌記者へのデータ提供を専業とするが、筆をとると早業で知られる。趣味は蛙の置物集め