プーチン大統領率いるロシアがウクライナに攻め込んだので、相場も乱高下しているだけでなく面倒ごとも多発しておるわけですよ。
巷ではロシア通貨のルーブルが30%近く暴落して露国内で取り付け騒ぎになったと報じられたり、資源輸出国であるロシアからの品物が手に入らなくなるということで、資源相場が文字通り乱高下しております。大変なことです。
私自身も以前ロシアとの取引はかなりありましたが、極東方面だけでしたので、ロシアの政治の中枢であるクレムリンや欧州との玄関口・ウクライナでの紛争については遠くから眺めているだけだったんですけれども、我が国も否応なく対応しなければならない状況になってしまったんですよ。SWIFTからのロシア排除と、ロシア発のディスインフォメーション(フェイクニュース)対策で。
SWIFT排除は非常に厳しい経済制裁だが…
アメリカやフランスほか、各国の必死の戦争回避の動きにもかかわらず、ロシアがそのままウクライナに軍を進めてしまったので、国際的な制裁として浮上したのが、ロシアの金融機関に対するSWIFT停止であります。
SWIFTは、世界のほぼすべての国や地域にある1万以上の金融機関同士を繋ぎ、取引をする際に資金取引などのメッセージを交換するサービスであって、ここからロシアが排除されてしまうとロシアは国際的な資金決済ができなくなるよということで、経済制裁という点では非常に厳しいものがあります。
これ、「軍事作戦の抑止として経済制裁に効果はあるのか?」という議論は安全保障のコミュニティでもよく出るもので、実際に武器供与などに比べて実効性が劣るよということで「劣後的手段」と言われることもあるわけなんですが、他方でロシア経済は短期的に大変な問題を起こすことになり、国民生活に大きな打撃を与えることは間違いありません。場合によっては、軽挙妄動をしたプーチン大統領に対する国民からの大規模デモの誘発や、状況を悲観した政府・軍幹部などによるクーデターなどの展開が支援しやすくなるというメリットもあるわけです。
ただ、過去にも同じく資源国であるイランが核開発疑惑などで2012年、そして一度解除された後2018年にもSWIFT排除をされた事例があります。もちろん輸出入が止まるなどして短期的にイラン経済が混乱して大きな停滞をしたのは間違いないものの、第三国を経由した三角貿易や中国などイランを支援する大国系資本による貿易保険を使って間接決済するなどして、どうにかなっちゃうわけですよ。
中国は得られる果実以上のリスクを負うのでは
SWIFT排除の抜け道として、中華人民元による独自の決済ネットワークCIPSを使う方法があるばかりか、仮にロシアの資源輸出が今回の国際的協調によって全面的に阻止されてしまうとしても中国が一定量以上を買い取る取引を進めることでロシアの活動を中国が支援する動きもできなくもありません。もっとも、ロシアはここまで大々的に既存の秩序を脅かすウクライナ侵攻を理由なく行ったことで各国激おこのところ、中国が漁夫の利を狙って堂々と参入してくるというのは中国にとっても得られる果実以上のリスクはあるのかなあとも思います。
イランの場合は、中国もマレーシアなどもある意味で堂々とSWIFT排除に対抗していましたけれども、経済力という点では貿易額がイランの8倍ぐらいあるロシアも同じようにできるかはまだ謎です。
さらに、同じくSWIFT排除の経験があるのは皆さんご存じ北朝鮮(2017年)です。ただでさえ貧しい北朝鮮が、外貨を稼ぐための輸出で金融システムを使えなくなって、短期的にはやはり経済に大打撃を受けた事例でしたが、中国、ロシアと国境を接する豆満江貿易で凌ぐばかりか、マネーロンダリングとインターネットハッキングを駆使して、本格的な犯罪行為に手を染めることでSWIFT排除によるショックを脱した経緯もあります。
ウクライナでの騒動が日本にとって他人事ではない2つの理由
これらのウクライナ支援の動きにおいて国際的な協調が叫ばれる中、これといった存在感を示すことのなかった日本にもお声がかかり、エネルギー問題を抱える欧州へのLNG融通だけでなく、SWIFT排除とプーチン大統領以下ロシア人政府高官や軍関係者などの在日本資産の一部凍結にも名乗りを挙げることになりました。
われらが大将である総理大臣・岸田文雄さんがもぞもぞ言っているのでなんか迫力がないのは残念ですが、私たちから地理的には遠いウクライナでの騒動が、日本にとって他人事ではない理由は大きく分けて2つあります。ひとつは「そうは言っても、当事国であるロシアは日本の隣国であるよね」という点。もうひとつは「今後、台湾海峡や南シナ海で中国関連の有事があるとき、日本が主導して国際的な制裁の枠組みを作らなければならない事態も想定しうる」という点であります。本当は、本格的にウクライナが敗勢になったならば、日本は率先してウクライナからの戦争避難民の亡命を受け入れるべきなのですが、現状では官邸でも国会でもあまりそういう議論になっていないのはちょっと残念です。
日本では海外要人たちの資産状況監視の仕組みやリストが作れていない
ウクライナ問題において日本がいますぐできること、それも実効性のあることは限られているのですが、ロシアはまさに我が国の隣国であるだけでなく、領土問題を抱えた相手国であることをそもそも忘れてはいけません。
また、ウクライナと日本の共通点は、軍事的に優勢である隣国からの脅威に晒されており、これへの対処を行うにあたり、国際世論の形成から、制裁に対する各国の支援の取り付けまで、より高いレベルで行わなければならない当事者になる恐れがあります。これは、例えば「台湾海峡で何かありましたよ」という事態になったとき、まさにシーレーンにおけるステークホルダーであり、平和による繁栄を享受してきた日本が是が非でも行わなければならないことのひとつでもあります。
しかしながら、ロシアに対するSWIFT排除そのものが、中国を中心とした脱ドル経済圏への拍車がかかることの問題もさることながら、日本固有の問題として、我が国はFATF勧告において重点フォローアップ国であり、要するに日本はマネーロンダリング対策において不十分な落第国だという扱いになっていることは、よく考えなければなりません。
特に、今回SWIFT排除と絡んでロシアの政府高官や軍関係者の資産凍結もお題目に上がるのですが、日本国内では海外PEPsと言われる海外政府の主要な人たちの資産状況を監視するための仕組みやリストが作れておらず、ロシアがSWIFT排除対策で強烈なマネロンをやろうとしたとき、日本もまた重要な蛇口になる危険性は相応に高いと考えて対策を取らざるを得なくなります。
ロシアの作戦であるディスインフォメーション問題も
この手の話題は、今国会でもマネロン対策のための犯罪収益移転防止法ほか関連法規の改正を見込んで手当しようとしてきたところだったのですが、文春砲が直撃した藤井敏彦さん、國分俊史さん、経済安全保障を主導しようとした甘利明さん方面の問題が起きた割に政権の目玉である経済安保関連法を優先したため、次期国会以降に持ち越しになってしまいました。諸外国では、海外PEPsだけでなく、国内の政治家や官僚本人や親族、秘書など関係者の口座を管理する国内PEPsも行って贈収賄(事後収賄を含む)対策を打ったりしているのですが、日本はこれへの対応が露宇紛争に間に合わなかったというのは大変残念なことです。
マネロン監視「共同化」へ 金融庁、法改正視野に: 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB136T90T10C21A9000000
これらの制裁の動きと合わせて、いまロシアが英語圏を中心に展開している作戦に、いわゆるディスインフォメーション(フェイクニュース)問題があります。
大量に生成した実在しない人物の映像や画像をSNSで駆使
現在進行形の話題ではありますが、ウクライナのゼレンスキー政権に対して強烈な批判をおこなってきた著名ブロガーは、人工知能で作った顔写真を駆使した架空の人物で、ロシアによる情報工作の一環だったという話も暴露されています。加えて、SNSなどで流布されている一部のロシア軍展開情報もまた、実在しない人物を大量に生成して流し込んだ映像や画像を駆使していると見られます。誰もが高性能カメラで位置情報付きの情報をSNSに提供できる時代でも、ロシアは古典的な手法と最新のネット技法を並存させながら情報戦に打って出ていることが明らかになっています。
我が国でも、日本語圏でのロシア関連情報についてはそれなりに精査しつつ、対策を打とうとしているところではありますが、なにぶん日本はちゃんとした民主主義国なので、政府・警察などが「治安維持を目的として国民の言論を監視するよ」と言ったら大変なことになります。法整備して適切な手法について国民の合意がないとね、というところで足踏みをしてしまっているのが現状ではないかとも思います。
「我が国のサイバー安全保障の確保」事業 政策提言(要旨集) https://www.spf.org/global-data/user172/cyber_security_2021_abstract_web.pdf
ネット上の文脈では、これらのディスインフォメーションの流通によるソーシャルグラフ形成は「ミーム戦」、あるいは中国式に言えば制空権をもじった「制脳権」とも呼ばれる新たなドクトリンです。とりわけ、私たちの長期記憶に対して影響を及ぼそうとするこれらの作戦は、短期的には「なんだこの中華アカウント、過激なこと書いて恥ずかしくないのかな」と思うわけですけど、中長期的にはまったく別の日本政府の落ち度の報道に接して先日馬鹿にしたはずの中華アカウントと似たようなツイートをしたり、友人と話してしまうことになるのです。
ウクライナ問題を日本人も“我が事”として捉えてほしい
これらの技法は、かねてイギリスのEU離脱に関する国民投票で起きた「BREXIT」や、当初苦戦すると思われたトランプさんを大統領選勝利に導いたケンブリッジ・アナリティカ社のモデル計算や理論も下敷きになっているものです。おそらくは、英語圏だけでなく日本語圏も、今回の露宇紛争を契機として多くのディスインフォメーションがネット上に流れ、それを真に受けた日本の報道機関によってソースロンダリングされて、一連のウクライナ問題に詳しくない日本人にそれなりに正しそうな報道・記事として受け止められて定着してしまう怖れもあります。
今後の問題として、いまウクライナ問題でロシア側に対して痛烈に批判をしている知識人が、紛争が終わってからそれなりの期間をかけて中傷や挑発をされたり、場合によってはあまり良くない事件に巻き込まれたりする可能性はあります。物理的に弾やミサイルを撃ち込んでドンパチすることだけが戦争ではない、むしろそういうハードなぶつかり合いよりも、長い時間をかけてお互いに浸透し合ったり、影響力を排除したりしながら、相手の国民感情とそれに立脚した政府の意志決定に介入しようとするのが、現代の実弾なき戦争の実際ではないかと思います。
最後になりますが、ロシアとウクライナの紛争については、これ以上の戦火が拡大することなくより穏便な形で停戦・講和が成立することを祈念してやみません。また、この問題を日本人も“我が事”として捉え、日本や周辺国など日本にとって大事な国や地域の人たちの安寧に資する議論が、国民の総意として積み重ねられることを願っています。
(山本 一郎)