2年前の「ホワイトデー」の夜、父と娘が車にはねられた。娘からもらったバレンタインデーの「お礼」を一緒に買いに行く途中だった。父は命を取り留めたが、娘は死亡が確認された。11歳だった。父は妻と共に運転手の厳罰を求めて法律を調べ、専門家に鑑定を依頼。1年後、逮捕・送検時よりも重い罪で運転手は起訴された。ホワイトデーが近づく8日、東京地裁で初公判が開かれる。
2020年3月14日午後8時45分ごろ、東京都葛飾区四つ木5の国道6号(水戸街道)交差点で、横断歩道を渡っていた近くに住む小学5年の波多野耀子(ようこ)さん(当時11歳)と、右隣を歩いていた会社員の父暁生(あきお)さん(44)が、左から来た軽ワゴン車にはねられた。
「連れて行かなければ……」
暁生さんに事故の記憶はない。気付いたら救急車の中で、救急隊員から事故に遭ったことを知らされた。耀子さんの安否も聞いたが「別々に搬送されているので分かりません」。左脚骨折などの重傷を負っていたため、病院で緊急手術を受け、麻酔から目を覚ましたのは2日後だった。
すぐに娘のことが気になったが、妻ははっきりしたことを言わない。見舞いに来ていた暁生さんの父が、娘が亡くなったことを明かした。耀子さんは約20メートルひきずられて全身を強く打ち、病院に搬送されたが息を引き取っていた。
事故の直前、暁生さんは耀子さんと理髪店に出かけていた。自身の散髪後、バレンタインデーにもらったチョコレートのお返しとして、お菓子を買ってあげるつもりだった。だが、店に向かう途中、娘は帰らぬ人になった。「連れて行かなければ死なずにすんだ」。後悔が募った。
暁生さんが入院していた病院に、別の病院で安置されていた耀子さんの遺体が運ばれてきた。新型コロナウイルス対策のため、車椅子で屋外の面会場所に向かった。事故後に初めて会う娘はベッドの上に寝かされ、お気に入りの服を着ていた。顔はきれいで眠っているように見えたが、冷たかった。「守れなくてごめんな」。妻と3人で最後の家族写真を撮りながら、心の中で謝った。
鑑定で加速を確認
事故の直前、しっかり青信号を確認して横断歩道を渡り始めた記憶ははっきり残っていた。事故状況を聴くために病室を訪れた警察官や検察官から、軽ワゴン車が赤信号を無視して交差点に入ってきたとみられることも聞いた。
警視庁葛飾署に現行犯逮捕された運転手の送検容疑は、自動車運転処罰法違反の「過失致死傷罪」。法定刑は「7年以下の懲役か禁錮」だ。一方、同じ同法違反でも、より罰則の重い「危険運転致死傷罪」は「1年以上20年以下の懲役」となっている。
入院中に法律を調べると、危険運転致死傷罪を規定する自動車運転処罰法2条にはこう書かれていた。「赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」。まさにこの行為に当てはまるのではないか――。
危険運転致死傷に関する判例や法解釈が書かれた法律誌などを取り寄せて読み込んだ。約1カ月後に退院した後は、交通事故を専門に扱う民間機関や弁護士に協力を依頼して独自の鑑定も実施した。
その結果、交差点入り口にある停止線の約43メートル手前で黄色信号と認識した際は時速51キロだったが、約28メートル手前で赤信号を確認しながらも加速して57キロで交差点に進入したことが判明。赤信号が分かった段階で急ブレーキをかけていれば、事故は防げたと結論づけた。こうした鑑定結果をまとめた意見書を20年12月に東京地検に提出した。
被告「車線変更が苦手」
それから4カ月近くがたった21年3月31日、東京地検は運転手の元配送業、高久浩二被告(69)=埼玉県三郷市=を同罪で在宅起訴した。暁生さんが意見書で求めた内容だった。
弁護側は赤信号を確認した地点は停止線から約7メートル手前だったと主張するものの、危険運転致死傷罪の成立は争わない方針という。
弁護人によると、現場は片側2車線で、高久被告は左側の車線を走行。交差点のすぐ先の左側車線に駐車車両があるのを確認したため、交差点進入後に右側に移ろうとして事故を起こしたとしている。当時、交差点手前の右側車線には信号待ちで4台が停車中だった。捜査関係者によると、高久被告は「車線変更はもともと苦手だった」と供述したという。
2回目の命日に意見陳述
耀子さんはのんびりした性格だったが、事故翌年に中学受験を控え、勉強に励んでいた。両親は事故後、家族ぐるみで付き合っていた同級生の母から「耀子ちゃんは正義の子だった」と言われた。その後に届いた別の同級生からの手紙にはこう書かれていた。「意地悪をしていた私のことを注意してくれてありがとう」。娘のことを誇らしく思った。
4回目の公判がある3月14日は耀子さんの2回目の命日。この日、両親は意見陳述する予定だ。事故後、被告側から接触がないことに不信感を募らせ、被告の弁護人に問い合わせると、謝罪文が添付されたメールが届いた。だが、直接会ったことはない。「なぜ赤信号を無視したのか。その理由を被告の口から直接聞きたい」。天国にいる最愛の娘を思いながら法廷に立つ。【柿崎誠】