東京都葛飾区で令和2年3月、国道交差点に赤信号を無視して進入し、横断歩道を渡っていた小学5年、波多野耀子(ようこ)さん=当時(11)=らを軽ワゴン車ではねて死傷させたなどとして、自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)の罪に問われた元配送業、高久浩二被告(69)の裁判員裁判初公判が8日、東京地裁(西野吾一裁判長)で開かれた。
この日の初公判で高久被告は、事故直後に実況見分で説明していた赤信号の認識地点を、大幅に修正した。最愛の娘を失った事故からまもなく2年。供述変更で公判開始が先延ばしになったことで、遺族の憤りや悲しみが深まっている。
事故で犠牲になった波多野耀子さんの父、暁生(あきお)さんによると、被告が供述を変える方針を示したのは昨年10月ごろ。これにより検察側の追加立証が必要になり、当初は同11月に予定されていた初公判は約4カ月延期されることになった。
それまでの公判前整理手続きで赤信号の認識地点を争う姿勢は一切なかったという。「『ぎりぎりで赤信号に気づいたから仕方なかった』が、通用すると思っているのか」。暁生さんは怒りに震えたが、検事からは「裁判員裁判では、公判中に供述を変えられたら追加の立証ができない」と説明され、やむなく受け入れるしかなかった。
この日、高久被告は白髪頭を短く刈り込み、スーツ姿で出廷。被害者参加制度を利用し出席した暁生さんと向かい合う形で着席したが、伏し目がちで、視線を合わせることはなかった。
冒頭陳述に続いて行われた被告人質問では、供述変更に検察側や裁判官の質問が集中した。被告は、通勤のために20代の頃からほぼ毎日、事故現場を通行していたとし、実況見分で赤信号の認識地点を「約28メートル手前」と答えた理由は「いつもこの辺で信号を見ていたからそう思った」と説明。
一方で、昨年9月に弁護人と独自に事故現場で検証を行い、運転席から信号機を見上げた際の首の角度から「約12メートル手前」の地点だったと気づいたなどと述べた。
赤信号の認識地点が修正されたことで、裁判員が「事故を回避できなかった可能性がある」と判断し、判決に影響を与える余地も残る。暁生さんは「何の根拠もない、自分を守るためだけの逃げ口上だ」と訴える。
耀子さんの命日にあたる今月14日には、両親による意見陳述も行われる予定。暁生さんは「耀子の『生きたかった』という悔しさを代弁して、裁判員の方々に訴えたい」との思いで陳述に臨む。(村嶋和樹)