「あと何キロ?」「今どのあたり?」…家族がウクライナから避難、日本で待ちわびる日々

ロシアによる侵攻で混乱するウクライナから、日本に避難してくる母親ら家族を待ちわびる女性がいる。ウクライナ東部のドニプロ出身で、鹿児島市に住む郡山

虹夏
(にか)(ルドルフ・ベロニカ)さん(25)。家族は空襲警報が鳴り響く中、ポーランドに出国してビザ(査証)の発給を待っている。郡山さんは「一日も早く元気な姿を見せてほしい」と願う。(古島弘章)
郡山さんは日本文化に興味を持って5年前に来日し、鹿児島市の専門学校に通った。夫の優貴さん(32)と結婚し、昨年には長男の

祥緒
(さちお)ちゃん(1)が生まれた。しかし、幸せな生活はロシアの侵攻で一変。戦禍に巻き込まれた祖国にいる母親のビクトリアさん(48)、妹のマリアさん(13)を思い、苦しい日々が続いている。
岸田首相が3月2日、ウクライナから第三国に逃れた難民を国内で受け入れる方針を表明したことから、すぐにビクトリアさんに連絡。マリアさんと、ドニプロ郊外に住む伯母のイリナさん(58)の3人で、ポーランドを経由し日本に来るよう伝えた。
ビクトリアさんは車に2人を乗せ、ドニプロから直線で約1000キロ離れたポーランドの首都ワルシャワを目指した。福岡―福島間に相当する距離。安全と思われるルートを走ったが、各地で空襲警報が鳴り響いていた。暗くなると運転をやめて屋内にとどまり、朝になるのをじっと待った。
3人が無事に到着できるか心配だった郡山さんは、車の位置情報を示すスマートフォンの画面を一日中見続けた。車の動きが止まると「何かあったのだろうか」と不安に押しつぶされそうになった。「あと何キロ?」「今、どのあたり?」。何度もマリアさんに安否確認のメッセージを送った。
出発から3日後、無事にワルシャワに到着したと知り、胸をなで下ろした。今後は鹿児島で一緒に暮らす予定だ。母や妹に会うのは3年ぶりで、祥緒ちゃんの顔を見せるのも初めて。郡山さんは「ママに孫を抱いてほしいし、みんなで穏やかに過ごしたい。そして、ウクライナに早く平和が戻るよう願っています」と話した。