《日本は「盾」、米国は「矛」という時代は終わった》自衛隊元最高幹部が問う「専守防衛」の見直し

冷戦時代の思考では国は守れない。元統合幕僚長・折木良一氏による「『専守防衛』『非核三原則』を議論せよ」を一部公開します。(「文藝春秋」2022年4月号より)
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昨年11月27日、「新たな『国家安全保障戦略』に求められるもの~激動する国際情勢に立ち向かうために~」と題した政策提言をまとめた。議論を始めたのは昨年2月。陸海空自衛隊の将官と防衛事務次官を務めたOB8人が東京・市ケ谷のビルに集まり、1回約2時間、計20回の議論を重ねた。政府の国家安全保障局や防衛省には、重要な点を説明したうえで提出した。
なぜ、この提言をまとめたのか。それは、私たち8人が現在の国家安全保障戦略は日本を取り巻く環境に十分対応できていないのではないかという危機感を共有していたからだ。現在の戦略が発表されたのは、私が退官した直後の2013年末であり、すでに10年近く前になる。当時と比べ、中国や北朝鮮の脅威は格段に深刻さを増した。安全保障の舞台は従来の陸海空から、宇宙やサイバー、電磁波などの「新領域」に広がり、経済や科学技術との関係も無視できなくなっている。
中国と北朝鮮の脅威は今そこにある
幸い、岸田文雄首相は今年末までに、国家安全保障戦略と防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の防衛3文書を改定すると語っている。私も2月初め、政府による改定作業のための意見聴取に参加した。
日本の平和は戦後長く続いている。もちろん、私たちもあくまでも日本の平和、アジア太平洋地域の平和が末永く保たれることを願っている。一方で、アメリカは世界を圧倒する軍事大国ではなく、中国は十分対抗できる勢力となりつつあり、北朝鮮の核ミサイルはグアム島を射程圏内に入れるまで能力を向上させた。世界情勢は、この10年で大きく変わったのだ。今、ウクライナでは国際秩序を無視したロシアによる現状変更が行われ、国際社会は揺れている。
民主主義社会においては、安全保障戦略もまた国民の総意に基づくものであることが理想だ。反対の意見はもちろんあるだろう。しかし、従来通りの安全保障観に閉じこもっていては日本の将来に禍根を残す。1人でも多くの人々に関心を持ち議論に加わって欲しいとの思いからこの提言をまとめた。今後、これを読んだ方々から様々な意見が生まれてくれれば、これほどうれしいことはない。
1:「専守防衛」を見直し、「反撃能力」を持つべし
私たちは提言で、「議論が必要と思われる防衛政策」として、3つの項目を挙げた。(1)「専守防衛」の見直し、(2)「総合的な抑止戦略」の構築、(3)防衛費のGDP(国内総生産)比2%への増額だ。
このうち、まず、なぜ専守防衛の見直しが必要なのかを説明したい。わが国で初めて専守防衛の理念を正式に説明したのは、1970年に発表された初めての防衛白書「日本の防衛」だった。ここで「わが国の防衛は、専守防衛を本旨とする」と明記され、「専守防衛は、憲法を守り、国土防衛に徹するという考え方である」と定義している。当時の日本は佐藤栄作内閣で、国際社会はデタント(緊張緩和)の時代であり、最大の脅威はソ連で、中国に対外進出の意欲はなかった。
定義された専守防衛には抑止力の概念が含まれていない。国土防衛には、「相手に攻撃を仕掛ければ痛い目に遭う」と思わせる「抑止力」が重要だが、この「抑止力」について、極論すれば日本は米国に任せっきりだった。自衛隊は、「攻めてきたら領土内で守る」という受動的で必要最小限の「対処」を考えるだけで済ませていたのだ。しかし、それは冷戦時代のソ連を除き米国の軍事力に挑戦しようとする国が一国もなかった時代だから許されたことを認識する必要がある。
日本は「盾」、米国は「矛」という完全な役割分担の時代は終わった。専守防衛を国是とする以上、先制攻撃を行うわけにはいかないが、相手に「日本を攻撃すれば、同じような反撃に遭うから攻撃はやめておこう」と踏み止まらせる抑止力は、米国に頼るばかりではなく自前で補う必要がある。
今、日本では「敵基地攻撃能力」に注目が集まっている。今年1月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)の共同文書が発表された際も、敵基地攻撃能力の是非を取り上げる報道が目立った。しかし、私たちは議論が攻撃にばかり集中することに懸念を抱いている。敵基地攻撃能力とは、弾道ミサイル発射基地等、敵の基地を直接破壊できる能力を意味する。「攻撃」という言葉に拒否感を覚える人も多いだろう。「何が敵基地なのか」という目標議論に嵌(はま)ってしまい堂々巡りになる恐れもある。我々は敵基地攻撃能力に替えて、「反撃能力」という言葉を採用した。
「攻める」ほうが「守る」よりも有利
かつてPKO(国連平和維持活動)やイラクなどへの自衛隊派遣を巡って議論をした時のことを思い起こしてほしい。あの時は「日本として何を目的に定めるのか」「国益に合致する行動とは何なのか」という議論をすべきであったのに、憲法・法律に合うかどうかという議論に嵌って立ち往生してしまったのだ。その結果、政策は後手後手に回ってしまった。
弾道ミサイルについて言えば、北朝鮮は200台、中国はそれ以上の移動発射台を保有している。日米の情報衛星などを動員しても、すべてのミサイルを発射直前に探知して破壊するのはほぼ不可能だろう。
一般に、「守る」より「攻める」ほうが有利であり効率がよい。守りは敵からのあらゆる攻撃の可能性を封じる必要があるが、攻めは選択肢が豊富で主導性がとれる。予算的にも当然、攻めのほうが効率が良い。私たちは提言のなかで、「例えば、反撃能力についても抑止力の一部として、保有することを前提とした政策策定を急ぐべきである」と主張している。
反撃能力はミサイルなどの装備に加えて、周辺の状況を判断する「情報収集」や目標を定める「識別」、実際の「発射」、目標に命中したかどうかの「評価」など一連のシステムで構成される。この反撃能力は、日本と米国が協力することで、より精度を増し大きな力を発揮できる。例えば、今年1月の日米2プラス2共同文書が「議論を継続する」とした低軌道衛星コンステレーションがそのひとつだ。複数の小型人工衛星を打ち上げて連携することで、ミサイルなどに対する監視体制を強化できる。
私は陸上自衛隊で野戦特科(砲兵)だった。その経験から言えば、相手が日本をミサイルで攻撃した後、しばらくは発射台やレーダー装備などのシステム担当部隊が撤収作業のため、現場付近に残るものだ。発射寸前のミサイルを破壊することは難しいが、こうしたシステムが現場から撤収する前に破壊するチャンスはある。反撃といっても、あくまでも、その対象は相手の攻撃システムや指揮統制機能の関連施設等であり、相手の首都や民間人を狙った報復行動は許されない。
北朝鮮は、弾道ミサイルや核兵器など、相手を攻撃する能力は非常に高い。だが、レーダーシステムや地対空ミサイルのような、国土を守る能力はぜい弱だ。防空体制としては、地対空ミサイルSA5(射程200~250キロメートル)を保有し、敵機を早期に発見する探知レーダー(射程400キロ)とミサイルの照準を合わせる射撃統制レーダー(同200~250キロ)で運用しているが、老朽化が著しいことや電力難から、十分に稼働していないという報告もある。
日本は、総合防空システムとしての迎撃能力の向上と同時に、米国と協力して反撃能力を向上させていけば、北朝鮮が日本への攻撃を思いとどまる確率は高くなる。これがすなわち、北朝鮮に対する抑止力だ。国土の防衛は自らの守りを固めるだけでは足りず、このように相手の弱点を考えて対応することが重要だ。

元統合幕僚長・折木良一氏による「 『専守防衛』『非核三原則』を議論せよ 」の全文は「文藝春秋」4月号と「文藝春秋digital」に掲載されています。
(折木 良一/文藝春秋 2022年4月号)