国営諫早湾干拓事業(諫干、長崎県)を巡り、潮受け堤防排水門の開門を強制しないよう国が求めた請求異議訴訟差し戻し審の判決が25日、福岡高裁で言い渡される。1997年4月の堤防閉め切りから25年。諫干後の漁業不振にあえぐ漁業者は「このままでは国に殺される」と訴え、判決を注視している。
2月25日、佐賀県鹿島市沖の有明海。県有明海漁協鹿島市支所青年部部長の峰松喜伸さん(40)は、養殖ノリの網を持ち上げ「これが鹿島の現状だ」と肩を落とした。ノリ芽は色落ちして、本来の黒々した色にはほど遠い。色落ちしたノリは商品価値が低く、生産を続けても採算が取れないおそれがある。網をつる支柱が並び立つ海上には、今季の収穫を諦め、網を撤去する漁師の姿も目立った。
養殖ノリの生産量、販売額とも日本一の佐賀県内で、鹿島市や太良町など県西南部では近年、色落ち被害が深刻化している。例年なら秋に網を張り、3月中旬ごろまで収穫を続けるが、この地域では新年早々に作業を終えた漁師も出ている。県有明水産振興センターによると、色落ちは植物プランクトンの増殖による赤潮でノリの生育に必要な栄養が不足するのが原因。近年はその発生が常態化しているという。
漁業者の間では「諫早湾が閉め切られる97年より前は、こんなことはなかった」と、赤潮と諫干の関係を疑う声が根強い。閉め切り後に減少が顕著になった高級二枚貝・タイラギは10季連続の休漁に追い込まれ、かつて「宝の海」と呼ばれた有明海の異変が元に戻る兆しは見えない。祖父の代からノリ養殖を続け、子供4人を育てる峰松さんも「家計は苦しくなるばかりで、とても後を継げとは言えない」と声を落とす。別の漁師は「海は年々悪化している。このままでは切羽詰まって自殺する人も出かねない」と憤った。
2010年12月6日、佐賀県の漁業者らが起こした訴訟の判決で福岡高裁は、諫干と漁業被害の因果関係を一部認め、国に5年間の開門調査を命じた。旧民主党政権は上告せず判決は確定。だが国は「反対運動で対策工事ができない」などと実行せず、政権交代後の14年に判決の事実上の無効化を求め、逆に漁業者らを相手取って請求異議訴訟を起こした。
国は訴訟で、判決確定後に起きたさまざまな事情の変化で、開門で生じる利益より不利益が大きくなったと主張。変化の一つに、諫早湾や周辺の漁獲量が増加に転じたとする統計を挙げた。閉め切り後に減少が続いた漁獲量は13年から増加に転じ、16年以降に明らかな増加傾向になったと指摘する。ただ増加しているのは芝エビなどのエビ類がほとんどで、漁業者側は「実際は増えていない」と反発する。
閉め切りから四半世紀がたつ中、干拓地やその付近は諫干後の暮らしが定着し、諫干による調整池で大雨による浸水被害は減ったと評価する見方も広がる。長崎県諫早市の干拓地付近に住む農家の男性は「子供の頃はよく畑が浸水していたが諫干後はなくなった。開門には反対だ」と話す。干拓地の農業に関わる別の男性は「漁業者との対立は望ましくないが、漁業技術の向上などで対処していけないだろうか」と語った。【竹林静、杉山恵一、平塚雄太】
「開門」「非開門」並び立つ司法判断
請求異議訴訟は開門を命じた福岡高裁の確定判決を「無効化」させるために国が起こした。1審・佐賀地裁は14年12月に国の請求を退けたが、18年7月に福岡高裁は国側が勝訴の判決を出した。最高裁は19年9月、審理が尽くされていないとして高裁に差し戻した。
国は開門の強制が認められない理由として、諫早湾や周辺の漁獲量が増加に転じたことや、開門による防災上の問題などを挙げている。争点は、その主張が「開門を『権利の乱用』とする正当な理由」にあたるかどうか。漁業者側は国の主張に正当性はないと批判し「国の主張を認めれば、誰も裁判所を信用しなくなる」と反論している。
開門を命じた10年の福岡高裁確定判決以降は、別の訴訟で開門差し止めの判決が確定するなど、「開門」「非開門」の相反する司法判断が並び立つ。最高裁は差し戻しの際、確定判決後の司法判断も「考慮すべきだ」との補足意見もつけた。25日の判決は「どちらが勝っても最高裁までいく」(漁業者側弁護団)とみられるが、判決の内容によっては、司法判断が統一の流れに向かう可能性もある。【平塚雄太】