―[取材は愛]―
◆大阪のロシア総領事館に、地元有志が申し入れ
「戦争はさびしい」
在大阪ロシア連邦総領事、テルスキフ・アレクサンダーさんがもらした一言だ。「悲しい」とか「いけない」ではなく、「さびしい」。今、ロシアの外交官として言える精一杯の表現なのだろう。
ロシアの総領事館が大阪のどこにあるか、ご存じだろうか? アメリカ、中国、韓国はすべて大阪市に領事館を置いている。だからロシアも大阪市内だろうと私は思っていたが、違った。大阪府北部の豊中市にあるのだ。
閑静な住宅街のど真ん中に、高い塀で囲われた建物がある。その前を24時間警察官が警備している。これがロシアの総領事館だ。以前は大阪市内にあったが、広い敷地を求めて移転したという。
「せっかく地元に領事館があるのだから」と、豊中市内の有志が「とよなか日ロ交流協会」の設立準備を進めている。事務局長を務めるのは豊中市議会議員の木村真さん。
この名前、森友事件に詳しい方はピンとくるかもしれない。森友学園に売却された豊中市内の国有地だけ、財務省が金額を公表しないのはおかしいと、2017(平成29)年2月8日に裁判を起こしたのが木村市議。これが森友事件の発火点となった。でも、今この話には関係ない。
木村市議は大阪外国語大学(現在は大阪大学に統合)のロシア語学科を夜間コースで卒業した。ロシアに留学したこともある。地元で日ロ交流協会を立ち上げようとした矢先に、今回のウクライナ侵攻が始まった。
何もせずにはいられないと、急きょ申し入れを行うことにした。電話で総領事館に打診したところ「3月18日の正午に来てほしい」と返事があった。時間を指定するということは、中に入れて面会するつもりがあるということだろう。
◆すぐに戦争はやめてほしいという願いを込めて
当日は、あいにくの雨の中、交流協会のメンバー5人と、木村市議から連絡を受けた筆者の計6人が総領事館前に集まった。警備の警察官には事前に総領事館から連絡があったようで、名前の確認と荷物検査を済ませるとスムーズに館内に入ることができた。私は記者だと伝えていたのに、総領事館が入るのを許可したのは意外だった。
立派な階段を2階に上がり、部屋の奥の応接セットに案内された。ロシアの国旗とマトリョーシカ、それに和装女性の人形が飾られている。テルスキフ・アレクサンダー総領事が現れると、木村市議はさっそく日本語とロシア語で用意した申し入れ書を手渡した。
「いかなる理由があろうとも、武力によって問題の解決を図ることは許されません」
「ウクライナに暮らす人々が命を奪われ、家を失い、故郷を追われている現状は、とうてい看過できるものではありません」
「ロシアと日本との間の市民レベルでの交流を進めるために活動している私たちにとって、残念な気持ちでいっぱいです」
「ロシア政府に対し、ウクライナにおける戦闘行為をただちに中止し、速やかに軍を撤退させること、対話と交渉による問題の平和的解決を図ることを、強く求めます」
何はともあれ、犠牲者をなくすために戦争はすぐやめてほしいという願いを込めた。
◆総領事は、ロシア政府の言い分とそっくりの内容を答えた
これに対しアレクサンダー総領事は、「もちろん日本人の皆さんの考え方は理解しております」と流ちょうな日本語で答えた。その上で「ロシアが軍事作戦を開始した理由について一言申し上げたいんです」と切り出した。以下に記すのは、あくまでロシアの総領事が政府見解として述べた内容だ。
「紛争はきのうきょう始まったものではなく、2014年にウクライナでクーデターが起きた時からドンバス(ロシアとの国境に近いロシア語住民が多い地域)で紛争が始まった」
「キエフ(ウクライナの首都)の政権がミンスク合意(ドンバスでの停戦協定)を無視して挑発行為を続けてきた。8年間で1万3000人が亡くなった。ウクライナ側の攻撃をやめさせるため今回の作戦が始まった」
「反ロシア行動をとるNATO(欧米の軍事機構)が拡大してロシアの国境まで接近してきた。ウクライナも加盟国になろうとしている。そうなるとロシアの国境前で攻撃兵器を置く可能性もある。それがもう一つの作戦の理由になった」
「犠牲者は誰のせいで出ているのか? ロシア軍は市民が住んでいる地域は爆撃しない。軍事施設を目標にしている。病院を攻撃したと言われるが、あの病院に患者や医師はいなかった。民族主義者たちがいた。ドイツのナチみたいなものだ」
「フェイクニュースによって情報戦みたいになっている。欧米も日本も反ロシアの報道が強い。ロシアの意見も含めてニュースを出すべき。マスコミ報道を100%は信じないほうがいい」
ロシアのプーチン大統領や政府首脳とそっくりの主張を10分余り述べた。国を代表する外交官である以上、そうするのが当然なのだろう。
◆本音ではロシア人も戦争を望んではいない!?
しかし、これに木村市議は納得しなかった。
「ニュースの何が本当なのかはわかりません。でも私たちに言えることは、どんな理由があっても、とにかく戦闘を止めてほしいということです。そこが戦場になって犠牲が出ているんですから」
するとアレクサンダー総領事は、こんな言葉を口にした。
「それは理解しています。正直に言えば、ロシア人の間でも、戦争がほしい方はやっぱりいないですね。本当に正直に言えば……」
本音ではロシア人も戦争を望んではいない。それを遠回しに認めたように聞こえた。だが、この後再び“プーチン的”発言に戻る。
「でも最近、プーチン大統領がおっしゃった通り、ロシアとしては他の選択は残念ながらなかったですね。我々も安全保障を保持しないといけないんです。我々の立場としても近いうちにそういう紛争を、そういう作戦を、終わるように努力を尽くしております」
◆木村市議「ロシアでもアメリカでも、あらゆる戦争に反対」
ここで総領事が語った「作戦を終わる努力」という言葉を、木村市議は「軍事力でウクライナを制圧して作戦を終わらせる」という意味だと受け止めた。
「仮に軍事力でロシアが勝利することがあったとしても、中長期的にはロシアにとってマイナスのほうが大きいと思います。もちろんウクライナの人たちにも大変な問題だし、ロシアにとっても国際社会の中での信頼とか尊敬というのは地に落ちてしまいます。きょうにでも戦争を終わらせてほしいんです」
アレクサンダー総領事は反論した。
「もしロシアに安全保障の脅威がありますと、我々は反応しないといけないです。攻撃ではなく防衛の観点です。アメリカは、ユーゴスラビアやリビアやシリアや、国境の近くじゃなく全世界で、いろんな作戦をやりたい放題です。みんな黙っています。どうしてですか?」
これに木村市議は返した。
「もちろん私たちはあらゆる戦争に反対します。アメリカが一昨年、イランの将軍を(イラクのバグダッドで)爆殺した時も抗議行動を行いました。別にロシアにだけ言っているわけじゃなくて、あらゆる戦争は、どんな理由があってもやめてくれ、ということを言っています」
そして、このままではロシアとの関係に悪い影響が出ると伝えた。
「私たちはロシアとの交流を進めようとしています。今年はコロナもおさまってきたので、領事館の庭で『桜を見る会』をさせてもらえたらいいなと考えていました。でも、この状況では難しいので、とても残念です」
◆総領事は「モスクワにも必ず伝えます」と答えた
この流れの中で、アレクサンダー総領事から冒頭の発言が出た。
「もちろん戦争は非常に“さびしい”ですね。皆さんの立場もわかりましたので、これからもよろしくお願いします」
ロシアのウクライナ侵攻について「戦争」という表現を避け、「紛争」「作戦」と呼び続けたアレクサンダー総領事が「戦争」という言葉を使ったのは、「ロシア人も戦争はほしくない」と言った時と、「戦争はさびしい」と語った時だけだった。
戦争は必ず犠牲者を出す。ウクライナでは市民が何人亡くなった、子どもたちが何人犠牲になったと日々報道されている。そこで一人一人の人生が断ち切られ、嘆き悲しむ遺族を生んでいる。理由はどうあれ、戦争はすぐにやめるべきだ。こんな簡単なことが、なぜプーチン大統領にはわからないのだろう。
「この申し入れをモスクワにも伝えてください」という木村市議に、アレクサンダー総領事は「必ず伝えます」と答え、1時間近くに及んだ面談が終わった。
◆来年は総領事館の庭の桜で花見ができるとええねえ
面談の後、木村市議に感想を尋ねた。
「あんなもんかなあ。政府見解を長々聞かされたよね。でも『戦争はさびしい』というのは少し誠意を感じたかな。申し入れ書もモスクワに送ると言ってたし。まさかプーチン大統領本人に渡ることはないだろうけど」
そして最後に苦笑しながら付け加えた。
「来年は総領事館の庭の桜で花見ができるとええねえ。でも、その時は呼び方を考えんと。『桜を見る会』は、やっぱあかんよね……」
日本も他国のことばかり言えた義理ではない。80年前の戦争はもちろんだが、近年でも安倍元首相の「桜を見る会」、それに財務省の森友公文書改ざんも、「してはあかん」という簡単なことが、なぜわからないのだろう。ロシアに即時停戦を求めるとともに、私たち自身のことを振り返らなければならない。
文・写真/相澤冬樹
【相澤冬樹】
無所属記者。1987年にNHKに入局、大阪放送局の記者として森友報道に関するスクープを連発。2018年にNHKを退職。著書に『真実をつかむ 調べて聞いて書く技術』(角川新書)、『メディアの闇 「安倍官邸 VS.NHK」森友取材全真相』(文春文庫)、共著書に『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋)など
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