ロシアによるウクライナ侵略に対し、日本は欧米諸国と足並みを揃え「金融制裁」に踏み切った。これによって、日本は「ロシアから敵国とみなされた」という批判もあるが、その背景には経済安全保障に基づいた戦略があった。
◆「ロシアを敵視」ではなく、米国やNATOとの関係強化を選択した
日本は米英仏らG7各国や豪州と足並みを揃え、ロシアに対する資産凍結を実施した(日本のロシア向け債券投資は全体で1253億円、対外債券投資全体の0.04%。邦銀によるロシア向け与信は92億ドル、海外向け与信全体の0.2%にすぎない)。
これを受けて「日本はロシアを敵に回した」という批判もあるが、評論家の江崎道朗氏は「ロシアを敵視することを決断したのではなく、対中国や対ロシアを考えると、米国やNATOとの関係を強化することを決断したということ」だと説明する。
「今、日本はサプライチェーンの組み直しを行っています。確かにロシアによるウクライナ侵略で、ロシアからの重要な資源や物質の調達が困難になる懸念はあります。しかし、日本は国民の安全・安心、我が国の国益を守るために中国などへの依存度を減らすべく『米国をはじめ、豪州、インド、ASEAN、欧州などの同盟国・同志国と連携』することを基本方針としてやってきました。
つまり、日本は米国に加え、日米豪印戦略対話(Quad=クアッド)でオーストラリアとインドとの連携を強め、さらにイギリスやフランスなど欧州も引き込む総力戦が中国やロシアに対峙する基本的な戦略ということです。欧米主導の金融制裁に協調しロシアという敵をつくってしまったマイナス面もありますが、『ロシアという共通の敵』を持った米国やNATO、オーストラリアら同志国と連携し、関係を強化しようとしたプラス面にも注目したいものです。
日本の経済安全保障を実現するために、今、日本は同志国と連携し、世界的なサプライチェーンを組み直そうとしているのです」
◆経済安全保障における2つのキーワード
「経済安全保障」とは、経済的な手段や政策によって国民の生活を脅威から守り、国の安全保障を実現することで、「重要な資源やエネルギー、食料などの安定供給を確保」「先端技術や個人情報の海外への流出防止」などを対象としている。
では日本政府は経済安全保障についてどう取り組もうとしているのか。’20年12月に公開された自民党新国際秩序創造戦略本部による提言「『経済安全保障戦略策定』に向けて」に盛り込まれた「基本方針」を紐解くと見えてくる。
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4.わが国が採るべき経済安全保障上の基本方針
上述のとおり、わが国の経済安全保障を実現するためには、まず、①経済安全保障上の観点からわが国が置かれた位置づけを分析し、わが国が有するべき戦略的自律性と戦略的不可欠性の具体的内容を把握する必要がある。その上で、②わが国自身の努力で戦略的自律性及び戦略的不可欠性を確保していくために必要な戦略・政策を特定し、③これを実現していくために必要なメカニズムを整備していかなければならない。
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江崎氏は「経済安全保障を進めていくうえで自民党は『戦略的自律性』と『戦略的不可欠性』という2つのキーワードを使っている点に注目したい」と話す。
「『戦略的自律性』とは、国民生活を維持し、正常な経済運営を行っていくうえで、他国に過度に依存しなくてもいいように日本の国民生活及び社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強靱化しようということです。
食料、エネルギーなど重要な資源だけでなく、半導体など我が国の産業にとって重要な物資の供給が途絶えたりしたときにも対応できるようにしていく、という意味です」
◆海外依存を減らすだけでなく、日本の強みを強化していく
この戦略的自律性の維持・強化の対象となる産業を「戦略基盤産業」と呼び、例えばエネルギー(電力を含む)、通信、交通、食料、医療、金融(フィンテックを含む)、物流、建設等の基幹的なインフラ産業などが対象となる。
「ところが、日本にとって重要な戦略基盤産業は何か、現状どうなっているのか、政府として包括的な調査や評価が行われてきませんでした。このため、情報化社会の到来とともに通信機器の大半が外国製になってしまっていることなどにも明確な対応がなされてこなかったわけです。
そうした反省に基づき、政府はまず現状把握に努めるべきだとしています。そして、『戦略基盤産業』として対処すべき産業をより明確に把握し、政府主導でその分野を強化することが日本の安全保障にとって重要だと指摘しています。
これまでも石油などのエネルギーについては政府主導で備蓄などの対策がとられてきましたが、いまや産業分野でも政府主導でテコ入れが必要な情勢が生じているということです」
戦略基盤産業の重要性は、外国への依存を減らしていくということだけではなく、日本の強みをさらに強化していくという側面もある。「戦略基盤産業」は、いわば国家の生存と独立に直接的に関係し、国の繁栄の基盤をなすものなのだ。
◆「武器を使わない戦争」で負けないための政策
2つめのキーワードである「戦略的不可欠性」について、「提言」ではこう規定されている。
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戦略的不可欠性とは、国際社会全体の産業構造の中で、わが国の存在が国際社会にとって不可欠であるような分野を戦略的に拡大していくことにより、わが国の長期的・持続的な繁栄及び国家安全保障を確保することを意味している。
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「例えば“情報産業のコメ”と呼ばれる半導体の生産において、フォトレジストという特殊な化学物質が必要になりますが、世界シェアの9割を日本企業が占めています。こうした日本の得意分野を増やすことで、経済を使った嫌がらせなどに対しては断固たる対抗手段を講じていく、という意味合いです。
要は日本が国民生活と経済活動にとって、どの分野が過度に外国に依存しているのか、どの分野が日本の独占的分野・強みなのかをまず徹底的に調べあげて『戦略基盤産業』を確定する。
そのうえで依存している分野をいかに減らし、強みのある分野をいかに増やすかを念頭に経済・通商政策を見直し、世界的な経済安全保障という『武器を使わない戦争』で敗北しないようにする、と言っているわけです」
◆ロシアによる侵略は「人類の文明の進歩に逆行する行為」
最後に江崎氏は今回のロシアによる侵略に対し、「人類の文明の進歩に逆行する行為」と非難する。
「ウクライナに侵攻して民間人を対象に無差別攻撃を続けるロシア軍の行為をバイデン政権は『戦争犯罪』に認定したと、3月24日に各メディアが報じています。
ロシアが民間人や民間施設を攻撃することは国際法違反。だからウクライナがやられてかわいそうというだけではなく、ロシア軍は戦時国際法違反の行為、つまり『戦争犯罪』を日々積み重ねているということを伝えていかないといけません。
国際法に基づいて国際社会、平和を維持していこうとする我々人類の文明の進歩に逆行する行為であるということを、繰り返し私たちは確認をしておく必要があるのです」(了)
構成/SA編集室 写真/dpa 時事通信フォト
【江崎道朗】
(えざき・みちお)1962年生まれ。評論家。九州大学文学部を卒業後、月刊誌編集長、団体職員、国会議員政策スタッフを務め、外交・安全保障、インテリジェンスに関する政策研究に取り組む。2016年より評論活動を開始。2020年、倉山満氏らとともに「一般社団法人救国シンクタンク」を設立、理事に就任。主著に『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP研究所)、『日本は誰と戦ったのか』(第1回アパ日本再興大賞受賞、ワニブックス)、『日本人が知らない近現代史の虚妄』(SBクリエイティブ)などがある。最新刊『インテリジェンスで読み解く 米中と経済安保』が発売中。公式サイト、ツイッター@ezakimichio
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