ベテランのタクシー運転手が、高齢のなじみ客と交わした会話でニセ電話詐欺を見抜き、被害を食い止めた。ニセ電話詐欺など特殊詐欺の被害に遭う高齢者は依然として多い。日ごろから高齢者を乗せることが多い運転手は、会話の端々から孤立を深める姿が気になっていた。詐欺被害者のうち地域との関係が薄れている高齢者が多いというデータもある。何が起きているのか。運転手に聞いた。
「だまされてもいい」の真意
「2~3年も会っていない『おい』から急に電話があったのよ」。2021年11月中旬、福岡市博多区のタクシー運転手、松江一義さん(68)が常連の80代女性を乗せると、こんな話を口にした。40年以上のキャリアを持つ松江さん。定年後は日中のみの乗務で、乗客のほとんどは通院や買い物で利用する高齢者だ。この女性もその一人だった。
話の概要はこうだ。女性が言うには、その「おい」が携帯電話や財布、重要書類が入った荷物をなくしてしまい、会社に300万円を支払わなければならなくなったと伝えてきた。現金を下ろして渡してほしいと懇願され、最寄りの現金自動受払機(ATM)に向かってほしいと言われたという。
「誰が聞いてもニセ電話詐欺じゃないか」。そう確信した松江さんは交番へ向かうように声をかけたが、女性はぽつりと漏らした。「だまされていいと思ってるの」。バックミラー越しの表情から女性の心中を察し、胸が痛んだ。
高齢者は話し相手を欲しがっている――。松江さんは常々そう感じていた。わずかな乗車時間でも、悩みを打ち明ける高齢の客は少なくない。夫に先立たれた女性は「早く迎えに来ないかな」と漏らしたり、パチンコに向かう男性は「あの世で楽になりたい」とぼやいたり。会話の端々から近所や家族と疎遠になり、孤立を深めていく姿が垣間見えた。地域の会合に出向くのは面倒だが、限られた時間だったら顔見知りの相手にあれこれ話したい。そんな心情をくみ取り、乗車中は会話を心がけていた。
くだんの女性も1人暮らし。周囲に相談できる人もいないのではと考え、出過ぎたまねとは思ったが、ATM前で降りかけた女性を引き留めた。「電話が本人と確認してからでもいいんじゃないですか。ATMはすぐ閉まらないですし」。交番まで送り届けた後、親族に電話をかけて「おい」が偽者だと判明した。
後日、記者はこの女性を取材した。要介護のため週2回デイサービスを利用しているだけで地域との交流はほとんどなく、県外に暮らす長男が月1回顔を出す程度。回覧板も新型コロナウイルスの影響で手渡しから玄関の袋に入れる回し方となり、近所同士が対面する機会も減っていた。
ニセ電話詐欺の手口はニュースなどで何となく知っていたが「電話で矢継ぎ早に話されて混乱し、信じてしまった」と話した。電話の相手はおいだと思うが、金が必要な理由はうそでも仕方がない。それが「だまされてもいい」と言った言葉の真相だった。詐欺だと分かった翌日、再び松江さんのタクシーを利用し、感謝を伝えたのだと言う。
核家族化などによりかつてのような地域社会が崩れた今、詐欺被害を未然に防いだのは、日常的に高齢者と接点があるタクシー運転手冥利に尽きる出来事だった。車内での会話は世相を映す鏡だと思ってハンドルを握っている。「悩みがあったら何でも言ってください。話し相手になりますよ」
孤立する高齢者が被害に
警察庁によると、ニセ電話詐欺など特殊詐欺の2021年の認知件数は4年ぶりに増加して1万4461件(暫定値)、被害額は278億1000万円だった。被害者のうち65歳以上の高齢者が88・2%を占めており、依然として高齢者を中心に被害が続発している実態が浮かび上がった。
福岡県警でも21年に確認されたニセ電話詐欺被害は329件で、被害額は約7億6500万円に上る。県警によると、被害者の89%が高齢者で、うち約7割が老人会などの会合に参加していなかったことが聞き取り調査で判明。さらに45%が「独居」と回答し、地域から孤立する高齢者が被害に遭っている傾向が出た。
新型コロナウイルス禍では外出自粛で地域との結びつきが薄まるだけでなく、在宅時に電話を取る機会も増えることが予想される。金沢大の眞鍋知子教授(地域社会学)は「高齢者は生活資金や健康面での不安が大きく、孤独感が加わればだまされやすくなる可能性がある」と指摘する。
では、高齢者の孤立化に地域社会はどう向き合えばいいのか。
眞鍋教授は「回覧板など地域内の情報伝達がオンライン化する傾向もあり、スマートフォンのアプリの使い方を公民館で教えるなど高齢者が地域活動に参加するきっかけをどう作るかが課題になる」と述べ「新型コロナウイルスの感染拡大の影響が長期化しており、見守る側が活動できない状況が続いている。地域での話し合いは続け、交流が再開できた場合の取り組みを考えておくなど少し先を見て計画しておくことが重要だ」と話した。【佐藤緑平、飯田憲】