ロシアによるウクライナ侵攻の影響で、第2次世界大戦後のシベリア抑留で死亡した日本人の身元特定作業に遅れが出ていることが、厚生労働省への取材でわかった。作業にはロシア側からの資料提供が欠かせないが、ロシアへの経済制裁に伴って日本政府は資料代金の送金をストップしており、新たな資料の入手が止まっているためだ。(田村美穂)
抑留者遺族の高齢化が進む中、関係者は「実態の解明が止まってしまい、残念だ。平和が戻り、身元の特定が進むことを強く望む」と事態を注視している。
抑留死亡者に関する資料は、1991年に日本と旧ソ連が結んだ協定に基づき、これまでロシアなどから日本側に提供されてきた。提供される資料には、死者の氏名や生年月日、本籍地、死亡日などが分かる名簿のほか、裁判記録、医療機関の受診記録などがある。
厚労省は、そうした資料をロシア語から日本語に翻訳し、人物の重複を整理して「日本側名簿」を作った上で、日本軍の記録などと突き合わせて精査。日本側名簿には今月8日時点で延べ5万8291人が名を連ね、このうち4万1767人の身元が判明した。
ロシアの資料は国立軍事古文書館などに保管されている公文書で、不定期にロシア政府が「秘密指定」を解除している。厚労省は秘密指定解除の情報を得ると現地に職員を派遣して必要な資料を選び、ロシア側に電子データ化を依頼。その作業にかかった代金をロシア側に支払っている。
ただ、今回の軍事侵攻による経済制裁で、国際銀行間通信協会(SWIFT、本部・ベルギー)は、ロシアの一部の銀行を国際的な決済ネットワークから排除した。日本政府が抑留死関連資料の代金支払いに使っている銀行も排除対象に含まれており、日本側からの送金はストップしている。
軍事侵攻前の予定では、厚労省職員が2019年秋に現地で確認した資料数百点を今年2月から毎月、少しずつデータ化して送ってもらうことになっていた。だが、代金の支払いがストップしたことで、3月以降のロシア側からの資料提供も中断している。厚労省援護・業務課調査資料室の担当者は「今は手元にある資料で少しでも特定作業を進めていく」としている。
この事態に、元抑留者らでつくる「シベリア抑留者支援・記録センター」の代表世話人、有光健さん(71)は「むごいことを続けるロシアに対して経済制裁はやむを得ない」としながらも、「一刻も早く家族や仲間の最期を知りたいと待ち続ける人もいる。軍事侵攻が終わるのを願うしかない」と遺族らの胸中を代弁した。