新型コロナウイルス(以下、コロナ)対策について講演することがある。その際、聴衆がいちばん驚くのは、「私の前にあるパーティションは感染予防に無効なだけではなく、むしろ危険だと言われている」と語るときだ。 根拠となるのは、幾つかの臨床研究だ。例えば、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究チームは、2020年11月24日~12月23日、および2021年1月11日~2月10日の間にフェイスブックを通じて収集した214万2887人のデータを分析し、学校などでの遮蔽物の利用が感染リスクを高めていたことを、2021年4月29日にアメリカ『サイエンス』誌で発表している。 パーティションが気流を妨げ、コロナの伝播を増加 さらに、『サイエンス』誌は2021年8月27日に公開した総説「呼吸器ウイルスの空気感染」で、この論文を引用し、「屋内空間での咳やくしゃみからの飛沫を遮断するために設置された物理的なパーティションは、気流を妨げ、呼吸ゾーンでより高濃度のエアロゾルをトラップする可能性があり、コロナの伝播を増加させることが示されています」と紹介している。 『サイエンス』誌は世界最高峰の科学誌で、論文が掲載されるには、相当なエビデンスが求められる。世界中の研究者は、このような雑誌に掲載された論文、特に総説はコンセンサスとして取り扱う。 ところが、日本は違う。日本産業衛生学会が、令和2(2020)年度の厚生労働科学特別研究事業の一環として発行した「接客業務における新型コロナウイルス感染予防・対策マニュアル」には、「床から高さ1.4m程度の高さまで、開放部がなく完全に仕切ることのできるパーティションやアクリルボード」を間切りとして用いることや、「アクリル版などの遮蔽物をテーブルに設置する」ことを推奨している。また、政府広報「新型コロナウイルス対策『2022春の感染拡大防止』篇」でもパーティションの使用を推奨している。 これは不誠実な対応だ。権威ある科学誌が感染リスクを高めると警鐘を鳴らしている行為を、そのリスクについて言及せず、推奨しているからだ。科学者や政府は、国民に対して正確な事実を紹介したうえで、国民が自ら判断することをサポートしなければならない。 では、どうすればいいのか。コロナ流行以降、呼吸器ウイルスの研究は急速に進んだ。最新の研究成果に基づいて合理的に対応すべきだ。 従来、コロナを含め、呼吸器ウイルスは、咳・くしゃみ・会話を通じて放出される分泌物(飛沫)を介して、周囲にうつると考えられてきた。通常、そのサイズは数百μm(マイクロメートル、1マイクロは100万分の1)と大きく、いったん放出されても、20センチメートル程度以内で地面に落下する。地面に落ちると、もはや感染しない。
新型コロナウイルス(以下、コロナ)対策について講演することがある。その際、聴衆がいちばん驚くのは、「私の前にあるパーティションは感染予防に無効なだけではなく、むしろ危険だと言われている」と語るときだ。
根拠となるのは、幾つかの臨床研究だ。例えば、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究チームは、2020年11月24日~12月23日、および2021年1月11日~2月10日の間にフェイスブックを通じて収集した214万2887人のデータを分析し、学校などでの遮蔽物の利用が感染リスクを高めていたことを、2021年4月29日にアメリカ『サイエンス』誌で発表している。
パーティションが気流を妨げ、コロナの伝播を増加
さらに、『サイエンス』誌は2021年8月27日に公開した総説「呼吸器ウイルスの空気感染」で、この論文を引用し、「屋内空間での咳やくしゃみからの飛沫を遮断するために設置された物理的なパーティションは、気流を妨げ、呼吸ゾーンでより高濃度のエアロゾルをトラップする可能性があり、コロナの伝播を増加させることが示されています」と紹介している。
『サイエンス』誌は世界最高峰の科学誌で、論文が掲載されるには、相当なエビデンスが求められる。世界中の研究者は、このような雑誌に掲載された論文、特に総説はコンセンサスとして取り扱う。
ところが、日本は違う。日本産業衛生学会が、令和2(2020)年度の厚生労働科学特別研究事業の一環として発行した「接客業務における新型コロナウイルス感染予防・対策マニュアル」には、「床から高さ1.4m程度の高さまで、開放部がなく完全に仕切ることのできるパーティションやアクリルボード」を間切りとして用いることや、「アクリル版などの遮蔽物をテーブルに設置する」ことを推奨している。また、政府広報「新型コロナウイルス対策『2022春の感染拡大防止』篇」でもパーティションの使用を推奨している。
これは不誠実な対応だ。権威ある科学誌が感染リスクを高めると警鐘を鳴らしている行為を、そのリスクについて言及せず、推奨しているからだ。科学者や政府は、国民に対して正確な事実を紹介したうえで、国民が自ら判断することをサポートしなければならない。
では、どうすればいいのか。コロナ流行以降、呼吸器ウイルスの研究は急速に進んだ。最新の研究成果に基づいて合理的に対応すべきだ。
従来、コロナを含め、呼吸器ウイルスは、咳・くしゃみ・会話を通じて放出される分泌物(飛沫)を介して、周囲にうつると考えられてきた。通常、そのサイズは数百μm(マイクロメートル、1マイクロは100万分の1)と大きく、いったん放出されても、20センチメートル程度以内で地面に落下する。地面に落ちると、もはや感染しない。