望まない妊娠をした女性が病院にのみ身元を明かして出産する「内密出産」に独自に取り組む熊本市の慈恵病院の蓮田健院長は6日、報道陣の取材に、身元情報を一切明かさずに出産する「匿名出産」についても受け入れる方針を明らかにした。国は内密出産に関するガイドラインを策定中で、病院はこの日、熊本市にガイドラインの私案を提出。私案にも匿名出産を受け入れる方針を明記した。
蓮田院長は「母子の命と健康を守りたいという思いからだ。女性には説明を尽くし、赤ちゃんのために情報を残してもらえるよう説得するが、それでも(完全な)匿名を希望する女性を見放したり追い返したりすることはできない」と語った。一方で「必ずしも匿名(出産)の方にベクトルを持っていこうとしているわけではない」と強調した。
病院は内密出産について「妊婦は身元情報を相談員1人にだけ開示する。情報は子供が一定の年齢に達した時点で、母親の同意の下に開示できる」と定義。匿名出産は「妊婦が自らの身元情報を明かすことなく出産し、出産後も匿名を維持する」としている。この日提出した私案で、病院は妊婦に対し、子供の「出自を知る権利」について説明を尽くして身元情報の提供を促すが、提供を拒否する場合でも出産を受け入れるとした。
内密出産は国内で法制化されていないが、慈恵病院は2019年12月、乳幼児の遺棄や殺害事件を防ぐ目的で独自に導入。21年12月と22年4月に、2人の女性が内密出産の手続きに沿って新生児相談室長1人だけに身元の情報を明かして出産した。同院での「匿名出産」の実施例はない。
熊本市子ども政策課の光安一美課長は取材に「現時点では匿名出産の中身について分からない部分もあり、コメントすることはできない。もう少し詳しく意見交換できればと思っている」と話した。
「出自を知る権利、侵害の恐れ」
「全てを想定して準備するという意味で匿名出産にも対応するべきだ」。慈恵病院の蓮田健院長は、病院だけに身元を明かす「内密出産」よりも一歩踏み込んだ「匿名出産」を受け入れることを初めて表明した。
女性が身元情報を一切残さないまま出産する匿名出産の場合、生まれた子供が将来、出自を知る権利を侵害される恐れがある。関西大の山縣(やまがた)文治教授(子ども家庭福祉学)は「自分のアイデンティティーの基本である出自情報は個人の重要な情報であり、本来は他者に制限されるべきではない」と話す。
これまで病院では親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営。自宅などで医療的ケアを受けずに出産するリスクや、出産直後に病院へ駆け込む移動に伴うリスクも指摘されてきただけに、山縣教授は「病院で出産できることで母子の命を確実に守ることができる点は評価できる」と語る。
ただ、法整備のないまま匿名出産に取り組むことで将来的に子供が訴訟を起こすリスクもはらむ。山縣教授は「最終的には国や行政が判断を示すべきだ」と指摘する。【栗栖由喜】