戦後の復興支えた「広島大仏」、60年ぶり里帰り 奈良の住職が奔走

約60年ぶりの里帰りとなった。原爆犠牲者供養のため広島市の爆心地近くに戦後安置されていた「広島大仏」が1日、奈良県安堵町の寺から広島に戻った。長らく所在が分からなくなっていたが、2011年に安堵町の寺にあることが判明。この寺の住職の強い思いが里帰りを実現に導いた。
高さ約4メートル、重さ約400キロの木像の阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう)。鎌倉時代初期の1200年ごろに山形で造られたとされる。金箔(きんぱく)が施された大仏は分割して移送され、広島市中区の原爆ドーム隣に建つ商業施設「おりづるタワー」に到着し、1日、開眼法要が営まれた。宗派を超えた24人の僧侶が集い、経が唱えられた。
被爆5年後の1950年、原爆ドーム東側に再建された西蓮寺(さいれんじ)に安置され、絶望の淵にある市民の心のよりどころとして親しまれた。仏像を安置する堂は市民の寄付で造られ、にぎやかなパレードも催された。毎年8月6日に盛大な供養が営まれていたが、55年に別の寺に移された後、60年ごろには所在が分からなくなった。
所在が判明したのは2011年。安堵町の極楽寺にあった。田中全義(ぜんぎ)住職(36)の祖父が06年ごろ、亡くなった古物商の家族から譲り受けていた。田中住職は「広島から来た仏さんや」としか聞いていなかったが、大阪の古書店で見つけた写真集で、広島大仏だと直感。奈良国立博物館(奈良市)の調査の結果、本物と確認された。広島大仏を信仰した市民の気持ちを思うにつれ、田中住職は「広島に帰してあげたい」との思いを強くした。
受け入れ先の問題もあり、里帰り計画は難航。22年4月、経済人らの協力の下、実行委員会を設立し、クラウドファンディングで約1250万円を集めて実現にこぎつけた。やめようと何度も考えたが、田中住職は「『お前がやれ』と大仏さんに言われていると感じた」と振り返る。1日の法要を終え、「大仏さんも喜んでくれていると思う。仏さんは平和の道を作ってくれるが、あくまでも歩くのは私たちだ」と語った。
松田哲也実行委員長は「大仏が平和発信の一助になってほしい」と期待した。
9月1日まで一般公開され、極楽寺に戻る。8月6日には法要を営む。実行委(082・228・0131)は今後も定期的な里帰りの実現に向け、寄付を受け付ける。【山本尚美】