「刑務所ではエリート囚人」「痛点のない魚みたいな奴」髭面のVサイン男(42)の“囚人仲間”が明かす“更生できなかったワケ”《川越ネットカフェ立てこもり事件》

「事件を起こせば刑務所に戻れると思った」
逮捕後の埼玉県警の捜査にこう動機を話しているという長久保浩二容疑者(42)。2022年6月21日、埼玉県川越市のインターネットカフェ「快活CLUB川越脇田新町店」の鍵付きの個室で、カッターナイフを手にアルバイト店員の20代女性を人質にして、翌未明にかけて約5時間立てこもった。
ネットカフェには同日午前のうちに入店していたが、現金は小銭のみの数百円で料金の支払い能力はなかった。立てこもった個室は2畳ほどしかなく、窓もない。長久保容疑者は声を荒げ興奮することもあったといい、被害女性の恐怖は想像を絶するものだっただろう。
しかし、長久保容疑者が送検時に見せたのは“Vサイン”と満面の笑みだった。「刑務所に戻れる」ことの歓びの表現だったということなのだろうか――。
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「刑務所の中では“エリート”ですよ」
「Vサインをする男をテレビで見て、『あっ長久保や!』とすぐに気づきました。髪やひげは伸びていましたが、変わってなかったから。彼は刑務所が好きで仕方ないし、あそこ以外では生きられない。犯行動機は本音やと思いますよ」
そう話すのは数年前に長久保容疑者と名古屋刑務所で同時期に収監されていた元受刑者、関西在住のXさん(50代)だ。
「いろんな受刑者がいるけど、立てこもりは珍しいから長久保のあだ名はそのまま『立てこもり』でした。ある時に俺が『立てこもりなんかもうやるなよ』と言ったら、彼は『そんな無駄なこともうやりませんよ』と言っていたんですがね。やっぱりやったか、という印象ですわ」
長久保容疑者は2012年にも愛知県内の信用金庫に立てこもり、懲役9年の実刑判決を受けている。今回の事件は出所からわずか3カ月足らずの犯行だった。9年もの懲役後に同じ罪を犯したわけだが、収監中も問題行動を繰り返していたのだろうか。
「いやいや、彼は模範囚中の模範囚でしたよ。2016年ごろから俺が出所するまで2、3年ほど一緒でした。問題行動は一切起こさないどころか、長久保はオヤジ(刑務官)にもとても気に入られて、ミシン工場を束ねる総班長という立場でした。受刑者の待遇改善みたいなこともしようとしてくれて、俺たちも慕っていたんですよ」
Xさんは「刑務所の中では“エリート”です」と、長久保容疑者の模範囚ぶりをこう明かすのだ。
刑務官の「右腕的な存在だった」
「俺たちが収監されていた名古屋刑務所は再犯者が集まるんです。名古屋刑務所は厳しいことで有名です。過去に刑務官が受刑者の肛門にホースを突っ込んで放水して、受刑者が死んでしまった事件があったくらいですから。俺は名古屋に行ってもう二度と刑務所はごめんやと思いましたね。
そんなところで模範囚でいられた長久保はすごいですよ。2年間無事故(トラブルを起こしていない)でないと与えられない『赤バッジ』をつけていました。俺らが所属していたミシン工場でも、60人中で2人か3人くらいしかいない優秀さです。喧嘩はもちろん、良かれと思って喧嘩の仲裁をしても、トラブルにかかわったとして『赤バッジ』はもらえなくなってしまいますからね」
長久保容疑者は「ミシン工場の総班長だった」。総班長とは工場にいくつかある班を束ねる「事実上の工場ナンバー1」で、刑務官の「右腕的な存在だった」という。
「彼はね、自分の作業を真面目にするのはもちろん、班員の面倒見もいいんです。俺もミシンの使い方を丁寧に教えてもらいました。それに、リーダーとして人事などにも関わっていました。例えば、立ち仕事になるアイロン担当は大変な部署ってことで食事量が多いんですね。だからみんなやりたい。欠員が出ると、長久保がオヤジに『次は〇〇さんで』って進言するんですよ。それがとても公平でね。ヤクザもんの組長とかもうまくまとめていました。オヤジは外部の業者との交渉に立ち会わせるくらい長久保を信頼していましたよ」
「刑務所生活を苦しんでいないようでした」
受刑者仲間にも刑務官にも頼りにされていた長久保容疑者。刑務所の居心地はよかったようだ。
「刑務所に『戻りたい』だなんて普通は考えられへん。実際、自由もないし規律は厳しいし、大変でしたから。でも当時の長久保を見ていた身としては、そんな動機にも納得できるところはあります。
たとえば、赤バッジなら月2回は刑務作業の報奨金を使って甘い物が食べられるのですが、彼は食べない。甘い物は普段の食事には出ませんから、刑務所生活での唯一の楽しみですよ。俺たちなんかいい年して『ミスドやー!』とか喜んでいましたから。それでも、彼だけは食べない。甘い物よりも本に金を使いたいようでした。
なんていうか、刑務所生活を苦しんでいないようでした。痛点のない魚みたいなやつやと思いましたね」
Xさんは長久保容疑者について「頼りにしていた」と話す一方で、その人柄や思想には「理解に苦しむことが多かった」とも打ち明ける。
「俺も革命を起こしたい」「出所したら公安にマークされるかも」
「普段からよく本を読んでいたのですが、キューバの革命家・チェゲバラに憧れていましたね。思想家になりたがっていて、『自分でも革命を起こしたい』と大それたことを言っていました。明治維新の時代の薩摩と長州も好きでしたね。
時代をひっくり返すような大きいことをしたいようで、『俺も革命を起こしたい』『出所したら公安にマークされるかも』なんて言っていましたが、漫画喫茶に立てこもって何の革命を起こすつもりだったんでしょうかね……。
受刑者仲間としては頼りになるやつですが、素晴らしい人間ってわけじゃない。彼は自分が起こした立てこもり事件について、もう何年も経っているのに武勇伝のように語る。人をだまして金を得る詐欺はダメだけど、立てこもりで人質をとって得る金は正義だとかなんとか……」
三菱銀行猟銃人質事件の犯人を崇拝
長久保容疑者は2012年に起こした信用金庫の立てこもり事件について話すことも多かったそうだ。その際には「三菱銀行猟銃人質事件を参考にしたと語っていた」という。
事件が起きたのは1979年1月。大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店で発生した立てこもり事件で、犯人の梅川昭美容疑者(当時30)は警察官や銀行の支店幹部ら4人を射殺し、客や行員44人を人質に42時間以上立てこもったが、突入した大阪府警に射殺された。昭和史に残る立てこもり事件の代名詞だ。
「彼は犯人の梅川を崇拝していました。『梅川を参考にして、逃げられないようにするために人質の行員を裸にした』と自慢げに語っていましたよ。自分も同じように世間に衝撃を与えたと満足しているようでした」
1審判決文によると、長久保による前回の立てこもり事件が起きたのは2012年11月22日午後2時すぎ。愛知県豊川市の豊川信用金庫蔵子支店で、女性客に刃渡り11センチのサバイバルナイフを突きつけ「シャッターを閉めろ」などと叫んだ後、女性客のほか、支店次長と女性職員3人を監禁。支店次長を通じ、電話で警察官に食料品を要求するなどした。
愛知県警担当記者が解説する。
「事件を起こした時、当時の民主党の野田佳彦首相を辞任させるために『テレビ出演させろ』などと要求していました。2013年2月から始まった裁判でも、同じような主張をし、被告人質問では『夜が明けたら人質を殺害しようと考えていた』とも発言しています。
しかし実態はどこまで政治目的だったのか。事件を起こす直前にカラオケ店で2000円の支払いで揉め『信金で人を刺して金を奪ってきてやる』と店を出ていますし、その前には一宮市のファミレスでも店員を脅して無銭飲食していました。
同年4月の判決では『政治的な目的があっても正当化されない』『人質に凶器を用いて様々な命令することで、支配欲や自己顕示欲を満たすためだった』と断罪されました。犯行の5カ月前まで窃盗罪などで服役もしていたことから『規範意識や更生意欲は欠如している』として懲役9年が言い渡されたんです」
「『ロシアの妖精』というエロ本を買っていた」
Xさんが続ける。
「『殺すつもりだった』と言っていても、本人にそんな度胸はないですよ。『世の中変えたい』とか言って女の話とか浮ついた話は一切しなかったけど、『ロシアの妖精』というエロ本を買っているのを見たんです。所詮、革命云々というのはカッコつけやと思います」
しかし、「刑務所に戻りたい」といって再犯に手を染めるのでは本末転倒だ。なぜ長久保容疑者の更生はうまくいかなかったのだろうか。
「俺らは刑務所内では、外に出たらどうするか、という考えのもと勉強します。でも長久保だけは、刑務所での生活を第一に考えていたんじゃないですかね。だって、受刑者のしもやけがひどいから薬を出すように刑務所の審査会みたいなところに直訴してくれたりもしたんですよ。そんな刑務所側からにらまれるようなこと、誰もしたくないじゃないですか」
ほかにも長久保容疑者は、外部のNPOを通して、刑務所内の古い本を子供に寄付したり、逆にキリスト教系のNPOから刑務所に本を寄贈してもらったりするなど、ほかの受刑者がしないようなこともしていたという。
「そういう積極的な姿勢もあって、ずっと模範囚でした。それで9年も務めれば100万円くらい報奨金が出ていてもおかしくないんですよ。赤バッジなら月2万円くらいはもらえたんちゃうかな。それが今回の逮捕時には所持金は数百円だったわけですよね。シャバに出てからの生活を考えたら、そんなことになりようないと思いますけど」
積極的な更生への姿勢をみせる“エリート囚人”による再犯。刑務所での更生といった日本の司法制度が抱える問題を提起している事件のようだ。
(「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班))